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急性期から慢性期、回復期の治療へ

僻地・離島医療

群馬県

群馬県北部の沼田市内にある独立行政法人国立病院機構沼田病院(以下、沼田病院)は、国立病院としてがんや循環器系疾患の高度先駆的医療を手掛けるとともに、へき地医療拠点病院、救急告示病院として地域医療の中核を担っている。同時に、1970年代から巡回診療にも注力しており、患者の高齢化が進む昨今では、急性期だけでなく慢性期、回復期治療まで幅広く対応している。高崎市や前橋市といった中核都市に隣接する地域での医療の現状について、院長の前村道生氏に伺った。
ドクターズプラザ2018年9月号掲載

僻地・離島医療(12)/群馬県・独立行政法人国立病院機構 沼田病院

高齢化する地域社会の中で役割を変化

エリア内の3病院が連携して地域の医療を支える

―沼田病院の概要について教えてください。

前村 病床数179床、医師数16人と決して規模は大きくありませんが、救急告示病院として24時間体制で救急患者を受け入れています。また2012年にはがん診療連携拠点病院に指定されています。群馬県北部に位置する沼田市と、その北側にある片品村、川場村、昭和村、みなかみ町からなるエリアを「利根沼田医療圏」と称していますが、沼田病院はその医療圏内で唯一放射線治療装置を有しています。特に消化器系のがん治療に関しては、専門の医師を多数揃え、得意としている分野です。他には、私が乳腺外科を専門としている関係から乳がんを扱うケースも多いです。また近年では内視鏡治療にも力を入れています。

―地域における沼田病院の位置付けは。

前村 もともとは急性期医療に特化した病院としてやってきたのですが、近年は急性期だけでは病床が埋まらなくなっています。そこで、16年に新病棟を建設したのをきっかけに病棟の機能を見直し、それまで全病棟で扱ってきた急性期治療を2病棟に集約、残りの1病棟は回復期治療の病棟として運用しています。利根沼田医療圏の住人は高齢化が進んでおり、沼田病院を訪れるのも高齢者が多く、病棟の使い方も以前とは変わってきています。例えば、最近では、障害や難病、高齢者介護などで在宅ケアを行う家族をサポートするため、患者を一時的に入院させる「レスパイト入院」などにも使用されています。今後は急性期だけでなく慢性期、回復期の治療まで幅広く対応していきます。

―利根沼田医療圏の医療環境は。

前村 沼田市の南側には人口33万人を擁する県庁所在地の前橋市、県内最大となる人口37万人の高崎市などがありますが、沼田市自体は人口4万6840人ほど。沼田市内には利根川と片品川が流れ、大規模な河岸段丘を形成しており、沼田病院をはじめとする医療機関、さらに街の中心機能は、ほぼこの河岸段丘の上に集中しています。一方、利根郡は人口3万3千人ほどで、エリアの多くは山間部が占めています。

病院の医療圏に関して「流入率」「流出率」という数字があります。流入率は医療圏外からどれだけの人が圏内の医療施設に診療に来ているかを示し、流出率は圏内の人がどれだけ圏外の医療施設で診察しているかを示します。利根沼田医療圏に関しては、流入率も流出率も、ともに低い。つまりこのエリアの中で医療が完結できているということになります。これはわれわれ医療従事者にとって誇りに思えることの一つです。沼田病院のような地方病院は、いかに地域と密着するかが重要。地域の医師会などでも、できるだけ地域で医療を完結させようと呼び掛けています。

本当の理想を言えば、一つの病院の中で完結できれば一番いい。でも都市部の大病院ではないので、限界もあります。幸い、利根沼田医療圏の中には、沼田病院の他に、利根中央病院、沼田脳神経外科循環器科病院という、3カ所の急性期医療施設があります。一つの病院で対応しきれない場合でも、他の2病院にスムーズに移送して対応できます。利根中央病院は整形外科や婦人科、沼田病院と沼田脳神経外科循環器科病院は名前のとおり脳神経外科と循環器科、わが沼田病院は消化器内科が得意なので、患者さんをやりとりするケースも多いです。ただし、この3病院でも対応が難しい場合は前橋市の大きな病院に移送することもあります。

―都市部の大病院と大きく異なる点の一つですね。

前村 都市部では、複数の病院が競合して収益を上げていますが、地方では病院が協力し合わないと、いずれ共倒れになってしまうでしょう。この医療圏の病院は、患者さんの画像データをネットを通じて転送できるシステムが整備されています。大昔は患者さんが自分のレントゲン写真を持って、他病院に移送されることもありました。でも今は、必要に応じて他病院の患者さんの画像データを受け取ったり、こちらから送ったりしています。

スキーを始めとする観光客や農業研修の外国人の診療も

―地域の人口は減少しているのでしょうか。

前村 人口は減少する一方で、高齢化率は増加しています。急性期の治療が終了しても帰宅できない患者さんが増えており、先にお話した病院のシフトチェンジも、こうした背景を見越してのことです。沼田病院では1970年から地域への巡回診療もスタートさせています。利根沼田医療圏は、群馬県全体の約3分の1を占める広大な敷地に、町村が点在している状況です。当時から公共交通機関があまり発達しておらず、冬場は積雪が2mを超えることもあり、患者さんが病院に行くことが困難となるケースが多かったことから、巡回診療が始まりました。現在、巡回診療先の多くは高齢世帯です。ただ、他の過疎地域と違って、このエリアの高齢者は、お子さんが前橋市など同じ群馬県内に住んでいるケースも少なくありません。比較的近くに住んでいれば、親に何かあった場合にコンタクトは取りやすいですね。

巡回診療車。水上町 原集古館前にて(写真提供:沼田病院)

―高齢者以外の診療としては。

前村 近隣には谷川岳や尾瀬といった国内有数の観光地があり、沼田市内にも日本名滝百選に選ばれた「吹割の滝」といった観光名所、さらに「老神温泉」などの温泉地があります。冬場はスキー客も多く訪れ、スキーやスノボのけがで救急搬送される患者さんも多いです。

―スキーのけがというと、整形外科での対応になりますね。

前村 「スキーは下半身のけが、スノボは上半身のけが」とよくいわれるとおり、スキーのけがは下肢の捻挫や、重くても骨折程度ですが、スノーボードの場合は脊髄損傷や頭部外傷など生命に関わる重篤なけがになることも少なくありません。中には一刻を争うケースもあります。

―外国人観光客は多いですか。

前村 この地域では、まだ目立ってはいませんね。急患などではなく普通の外来で中国の人が多く来ていますが、彼らのほとんどは地域の農業研修に来ている研修生。地元のJAが大々的に中国からの研修生を受け入れているのです。日本語が話せない人も多いので、対応に苦労することはあります。

―近隣では農業が盛んなのですか。

前村 利根沼田地域の基幹産業として、農業に関わる住民は多いです。ですから田植えの時期は診察に来る人は少ないですね。病気で手術を勧めても「田植え時期だから」と断る患者さんもいます。全てにおいて農作業が優先されるので、農作業ができない雨の日などは、待合所が患者さんでいっぱいになりますよ。

深刻さを増す医師不足。出産や子育てが難しい環境に

―医師や看護師などの人材は足りていますか。

前村 看護師に関しては、ギリギリの数で何とか回している状態です。沼田病院を含む県内の国立病院機構の3病院は共同で、高崎総合医療センター内に附属の看護学校を管理しており、そこの卒業生から毎年数人ずつ、コンスタントに看護師を確保しています。看護学生を対象にした奨学金制度も充実させており、何とか人材を確保している状態です。ただ、今後も従来通りコンスタントに看護師を確保できる保証はありませんが……。

看護師以上に深刻なのが、医師不足です。沼田病院だけでなく群馬県内で医師が不足しています。正確に言うと、県内の医師の総数は大きく不足してはいないのですが、多くは前橋市や高崎市といった都市部の病院に集中しているのです。従来は大学の医局から、医師をローテーションで派遣してもらっていました。現在も内科と外科はそのスタイルで医師を確保していますが、それ以外の診療科まで人材が行き渡っていません。

例えば、小児科。小児医療は昼夜関係なく、当直などもしなければならないので、どの地域の病院でも医師は疲弊しています。沼田病院には小児科の医師が2人いますが、そのうち1人は定年延長をお願いしている方なので無理はできない。ですから現在、沼田病院では小児科の入院は扱っていません。とはいえ、同じ医療圏で入院できる小児科施設は1カ所しかなく、そこも3人の医師で何とか回している状況です。受け入れにも限界があります。

―地方では産婦人科も減りつつあるので、出産しにくいという話もよく耳にします。

前村 確かにそうですね。産婦人科の医師も都市部に集中しており、地方では大学からの医師派遣もなくなりつつあって、数少ない産婦人科医の後釜もいないという話は聞きます。利根沼田医療圏では、開業医の先生方がけっこう頑張ってくれていますが、やはり限界があります。医師会として、そこに対するサポートをするよう県に対して働き掛けをしているのですが、なかなか手が回らないのが現状です。

―沼田病院としては、どのようにして医師を確保したいとお考えですか。

前村 大学との関係は従来どおり保ちつつ、そこからの派遣だけに頼るのではなく、地元出身の人など、病院が独自の伝手で人材を確保できるよう動いています。

患者の家族にも親近感。人間同士の触れ合いが魅力

―先生自身は、なぜ医療者の道を志したのですか。

前村 もともと親戚に医療従事者が多く、祖父からもたびたび「医者になれ」と言われていました。また、子供のころから「ブラックジャック」や「白い巨塔」など、医療をテーマにした作品が好きで、高校生になったころには自然と医者を志すようになりました。

―ご出身は。

前村 北海道生まれで、父親の仕事の関係で高校卒業までは東京で暮らしていました。その後、群馬の大学に進学し、入った医局で取り組んでいることの中に乳腺治療があり、研究も熱心に行っていたので、乳腺外科を専門とするようになりました。

―大学卒業後も群馬に残ったのはなぜですか。

前村 東京に戻ろうと思えば戻れたのでしょう。大学の同級生も約半数は私と同じ東京出身でしたが、卒業後、東京に戻った人も少なくありませんからね。ただ私の場合、群馬ののんびりとした生活が性に合っていたのだと思います。また、新人医師のころから地域医療に強い興味を持っていました。

―先生が考える、地域医療の魅力とは。

前村 大都市部の病院に勤務した経験がないので比較はできませんが、患者さんとの触れ合いが多いことですね。診察をしていても、病気とは全く関係のない世間話やプライベートの話などで、話がどんどん広がっていきます。患者さんとは自然と親しくなりますし、ご家族にも親近感を抱くこともあります。患者さんからお子さんの話を聞いていると、何年も前から知っているような感覚になります。

逆に、私が自分の家族や子供の話をすることもあります。私が結婚したばかりのころ、生まれた子供の話を、当時私が担当したおばあちゃんの患者さんに、よくしていたことがありました。おばあちゃんは私の子供の誕生日を憶えていて、毎年のようにプレゼントをくれたのです。その後、おばあちゃんはがんで亡くなってしまい、おばあちゃんと子供は一度も顔を合わせることはできませんでしたが、自分の実の孫のように可愛がってくれましたよ。もちろん、狭い世界なので悪い噂が広がるのも早いですが(笑)、患者さんとの距離が近いと、自然とやりがいも生まれてきます。

学生や若い医師には専門にこだわらず、いろいろなことにチャレンジしてほしい

―医療の道を目指す学生の中には、地域医療に興味を持つ人も増えています。

前村 確かにそうですね。ただ、そういう学生たちも「今すぐ地域医療に」ということではないと思います。今年度からは総合診療専門医などの新しい専門医制度がスタートしますが、学生にとってはまずはその資格取得が大きな課題となります。資格取得のために経験を積むには、やはり大学に所属するのが一番なのですが、大学勤務が長くなると、やがて地域医療に対する興味も薄れてきてしまうことも考えられます。また、卒業していきなり地域医療の現場に出ることは、経験の浅い方にとって抵抗があると思います。

―地域医療特有の難しさもあるのですね。

前村 地域医療の医師は、自分の専門以外の分野でも、ある程度の診療はできなければ務まりません。もちろん「内科の医師が骨折の治療をする」というのは極端だとしても、「消化器科の医師が肺炎の診察をする」ことは当然のように求められます。専門にかかわらず、さまざまな病気への初期対応は、ある程度していただかなくてはなりません。医師が不足している地域の患者さんにとって受診できる医師の選択肢は限られているのですから。若い医師の中には「自分の専門ではないから診察できません」という姿勢の人もいて、物足りなく感じることもあります。

―最後に、そうした若い医師や学生に向けたメッセージを。

前村 自分の中で最初から限界をつくり、「これ以上はできない」と決め付けるのではなく、若いうちはいろいろなことにチャンレンジしてほしい。最初から専門にこだわりすぎると、それ以外のことに目を向けなくなってしまいがちです。ある専門科の医師を志す人が、その科以外の知識を学ぼうとせず、国家試験対策以上のことをやらなければ、それは非常にもったいないことだと思うので、医学生という十分に学習できる環境を有効に活用して、将来学ぶ可能性の薄い領域も含め幅広い知識を身に付けてほしいと思います。

学生時代に経験する実習や研修は、医療という広大な世界の中での、ほんの“さわり”にすぎません。それだけで自分の将来を決めてしまうには不十分です。もっといろいろなことを経験してから、自分の将来や専門について考えてみてもいいのではないでしょうか。若くして地域医療に興味を持つ人も、それはそれで素晴らしいことだと思いますが、地域医療だけに固執しない方がいいかもしれません。私くらいの年齢になれば、いやでも自分の限界が見えてきますからね(笑)。それまでは自分に限界を設けずに、広い世界に目を向けてチャレンジしていってください。

外観(写真提供:沼田病院)

●名   称/独立行政法人国立病院機構 沼田病院
●所 在 地/〒378-0051 群馬県沼田市上原町1551-4
●施   設/地上4階建て
●診療科目/内科、呼吸器内科、循環器内科、消化器内科、糖尿病・内分泌内科、神経内科、外科、消化器外科、乳腺外科、整形外科、脳神経外科、小児科、皮膚科、泌尿器科、婦人科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、放射線診断科、放射線治療科、麻酔科
●病 床 数/179床(一般175床、感染症4床)
●開設年月日/1941年8月

ドクターズプラザ2018年9月号掲載

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