2013

12/23

復職するあなたへ

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2013年12月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(21)

うつ病は100万人超。生産活動を妨げる大きな要因

復職のためのデイケア

Aさんは、会社に行けなくなったきっかけを思い出すと、今でも目頭が熱くなります。半年以上、1カ月に60時間以上の残業が続き、休職した1カ月前には1カ月に2回の海外出張がありました。休職前の最後の出張は中国出張でした。北京はPM2.5で汚染されているという話で、出張の支度は大荷物でした。出張前から気が乗らない出張でしたが、帰国後レポートを作成してみると重大なミスに気が付きました。慌てて上司に報告すると、上司は「お前の責任だからな。俺には関係がない」と激怒しました。

過重労働が半年以上続き、1、2カ月前から全身倦怠感や疲れやすさ、頭痛や下痢に気が付いていましたが、休むほどではないと体に鞭打って働いてきました。上司の叱責を聞き、頭が真っ白になり身動きが取れなくなってしまいました。このところ寝つきも悪いし寝た気もしませんでしたが、まったくその晩は寝つけませんでした。ふらふらしながら翌日家は出ましたが、電車の中で吐き気がして途中下車してしまいました。会社には「胃の調子が悪いので受診してから出勤します」と連絡はしたものの、その日から出勤できなくなってしまいました。

今やサラリーマンのうつ病は、すっかり社会的に認知された病気になりました。日常会話の中でも「うつっぽい」「うつ病だ」などとごく普通に使われるようになりました。実際、うつ病は100万人を超え、生産活動を妨げる大きな要因となっています。うつ病と言うと「こころの風邪」とか「誰もが罹る」とか言われますが、実際には何らかのきっかけがあることが多く、特に産業領域で発症するうつ病には労災で定められている「業務による心理的負荷」がある場合がほとんどです。いざ復職しようとすると、休職のきっかけになった負荷がまざまざとよみがえってきます。職場での極度の心理的な負荷とされるセクシャルハラスメントや暴行、業務上の災害や加害、あるいは160時間を超えるような長時間労働はもちろんのこと、中等度以上の負荷のある出来事に遭い、休職に入った人々はいざ復職しようとするとまざまざとそのことがよみがえり、復職することを難しくしています。

休職して3カ月、休職当時のつらくて身の置き所がない感覚は薄らぎ、日によっては何となく「退屈だなぁ」と思う日も出てきました。「何かやりたいなぁ」「人と話したいなぁ」と思うようになってきました。主治医にそんなことを訴えたところ、「復職に向けた段取りをしていきましょう」と言われました。途端に頭の中に職場のイメージが浮かび、上司の叱責が生々しくよみがえり、足がすくんでしまい、「職場には戻れない、無理だ」と感じてしまいました。主治医に「まだ職場には戻れません。不安がとても強いのです。上司の怒鳴り声を思い出します」と訴えると、主治医はニコニコと「皆さんそうですよ。休職するにはそれなりの事情があるので、そうやすやすとは戻れないものですけれど、皆さん戻られますから」と事もなげに答え、復職のためのデイケアに参加することを勧められました。

怒られるのもお給料のうち

復職のためのデイケアに参加してみると、「明日復職のための産業医面接がある」という人が面接のロールプレイの発表をしていました。どうやら産業医役をしているのがファシリテーターのようです。「こんな風に職場に戻れるようになるんだ」とイメージが湧きました。それにしても電車に乗っても吐き気がしてしまい、デイケアに来るのがやっとの自分が職場に戻れるとはなかなか思えません。デイケアでは、休職のきっかけとなった負荷に注目をし、物事の見方を変えること(認知の修正)や再び働く意欲を回復するなど(認知的改善)、対人葛藤に耐える力をつける、自己主張をしたり周りの環境を変えたりする力をつけるための様々な取り組みがなされていました。デイケアのプログラムの中では、自分にとって働くとはどんな意味があるのか、職場ではどのように振る舞うべきなのかなど、認知的な働きかけや就労への対自化が役に立ったと思います。デイケアのプログラムに参加して、1カ月ほど経ったときには、頭の中に上司の怒鳴り声が浮かんできても、すっかり慌てなくなっていました。参加者の一人が「怒られるのもお給料のうち」と言って大笑いをしていたのを見て、肩の力が抜けました。

Aさんは、デイケアの復職プログラムに参加して2カ月後に復職が決まりました。さすがに産業医の復職面接は緊張しましたが、元の職場に足を踏み入れるのは予想外に平気でした。例の上司にも平常の顔で挨拶ができました。上司がニコニコと「職場に戻ってもらってうれしい」と社交辞令を言った時には、いささか腹が立ちましたが、「よろしくお願いします」と答えることができました。復職後もきっと大変だろうと思いますが、今は何とかやれそうな気がしています。

Aさんの今後の職業生活に幸多かれと祈ります。