2019
05/01
学生広報大使の活動
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インタビュー
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ドクターズプラザ2019年5月号掲載
特別インタビュー:NPO法人日本肺癌学会
~学生の立場から情報発信をサポート~
Contents
学生広報大使の役割と活動
伊藤 NPO法人日本肺癌学会の設立は2007年ですが、その前身である肺癌研究会が発足したのは1960年。約60年前になります。学会は、肺癌領域に関する研究や知識の普及を進めることで、患者さんをはじめとする人々の健康と福祉をレベルアップすることを目的に創設されました。同時に、医療関係者に向けてもさまざまな情報交換の場になることを目指しています。
―具体的にはどのような活動をしているのですか。
伊藤 一般の方向けには全国各地で市民公開講座を開催しています。医療従事者向けのセミナーも各地で行い、2017年からはプリセプターシップという、世界視野で活動できる医師の養成に向けた若手医師の養成・育成セミナーも開催しています。それらの活動の中で、社会一般への啓発、医療を志す若い方にも広くメッセージを届けるために学生広報大使という制度を設けています。
―学生広報大使という制度を設けた背景を教えてください。
柳澤 肺癌は日本人の死亡要因の1位です。困難な病気であり、それだけに研究も非常に盛んで、医療の進歩も急激です。日本が世界に先駆けている面も多い領域で、世界の肺癌医療の進歩に果たす日本の役割も大きくなっています。けれど、それがなかなか知られていない側面があります。原因の一つには、珍しくない病気ということで、医療情報がメディアなどに取り上げられることが少ないということがあります。死亡要因ナンバー1ということが、かえって興味を持たれない原因になり、医療分野に進もうとする学生たちからも、ともすれば興味が薄い分野になっているのかもしれません。やる気のある学生の力を借りて情報発信をしようということはもちろんですが、同時に学生たちに、なかなか接する機会の少ない肺癌領域の現状を知ったり学んだりしてもらい、広く医療従事者との関係づくりをしてほしいという思いもあり、学生広報大使の活動が始まりました。
―最初の学生広報大使は、アイドルグループLinQ(リンク)のメンバーであり、九州大学医学部に在学中だった秋山ありすさんですね。
伊藤 2013年に九州大学の中西洋一先生が、肺癌学会内に肺癌医療向上委員会を立ち上げました。肺癌領域の診断、治療法は急激に進歩しています。その情報を届ける相手は患者さんですが、医療者と患者さんの関係だけにとどまらず、いろいろ違った立場の人たちが広く肺癌医療の情報を共有することで、この領域をみんなで底上げしていきたい。例えばメディアや学生、企業などにも広く情報を届けたい。そういうことで立ち上がった委員会です。
その向上委員会に学生広報大使という制度を作りました。その最初の広報大使が秋山さん一人で、決まりごとなどもあまりなく、ある意味ゆるい形で活動していました。秋山さんが卒業に向けて広報大使を卒業することになったとき、学生広報大使という制度を継続させよう。それならば一人ではなく、何人か集めて活動してもらおうということで公募を始めました。
柳澤 中西先生は九州大学の教授として学生たちといかに関わっていくべきか、学生たちにより見聞を広めてもらうためにはどうしたらいいかということを常に考えていました。その中で、芸能活動をしていた秋山さんに、学生としての立場で情報発信のサポートをしてもらおうということで2014年に学生広報大使が誕生しました。
前列左から2人目:滝口裕一先生(肺がん医療向上委員会 現委員長)、前列右から2人目:中西洋一先生(肺がん医療向上委員会 前委員長)
【学生広報大使】
後藤貴子さん(福岡大学医学部医学科2年)
楠見恭未さん(大阪市立大学医学部医学科4年)
中川結理さん(富山大学医学部医学科3年)
阿南舞さん(九州大学医学部医学科2年)
富沢武士さん(大阪歯科大学歯学部2年)
藤島悠貴さん(九州大学医学部医学科5年)
川竹絢子さん(京都大学医学部医学科5年)
黒木平さん(東京医科歯科大学医学部医学科5年)
―学生広報大使になる条件や任期などは?
伊藤 条件というのは特にありません。任期は大学や院の卒業まで、何年生からということもないので、任期が何年ということもありません。卒業者が出るときに補充という形で募集するので、よっぽど大勢の応募がない限り、本人がやりたいと言ってくれれば基本的にお願いする形になります。学部も、医学部だけでなく、看護、薬学、歯学など制限なく募集しています。
―活動を始めるにあたって、研修会みたいなことはあるのでしょうか?
伊藤 手を上げてくれた学生には、まず広報大使としての活動を説明し、エントリーシートを提出してもらいます。エントリーシートは担当者が確認しますが、虚偽の申請がないかどうかという基本的なチェックです。その後、委員長による面談が行われます。採用決定後に肺癌とは、肺癌学会の目的等についてのオリエンテーションと講義を1日受けてもらい、活動を始めてもらいます。
―活動にあたっての経費などは学会が負担するのですか?
伊藤 交通費等の実費経費と時給は、学会から支給されます。そのため労働契約は結んでもらいます。
柳澤 医療情報なので守秘義務が発生することや、道義的にどこまで公表していいのかということについてはきちんと理解してもらうようにしています。それ以外は難しい決め事はなく、お互いにいい形で、ある意味ゆるく活動してもらえればいいと思っています。
伊藤 あくまで学生広報大使。学業を優先してもらうことが条件です。学会の先生たちも、学業の妨げになるようなことがないように、ということは気に掛けています。
―学生広報大使の具体的な活動内容について教えてください。
伊藤 情報発信が役割なので、学会が催すセミナーに関わってもらい、学生自身も学んで発信してもらうことが大切です。具体的には、医療従事者セミナーの司会をしてもらったり、禁煙活動のお手伝いや、参加者にパンフレットを配ってもらったり。それぞれ参加できる学生に順番に担当してもらいますが、学会のメインイベントである年に1回の学術集会には全員集まってもらいます。
柳澤 最近では看護師や医師から、関連する講座やイベントのお手伝いに来てほしいという要望が来るようにもなりました。学生広報大使のおかげで、学会の活動への認知度も上がっていると感じます。
―学会も学生も、そして関わる医療従事者や患者さんも、みんな互いにサポートしあい、メリットを分かり合える活動の一環となっていますね。
柳澤 そうであればいいですね。学生としては貴重な、患者さんの話を直接聞く機会も多いですし、肺癌に直接関係のない、例えばNHKの元アナウンサーを招いてコミュニケーション術についてのセミナーを開いたりもするので、いろいろな勉強や出会いの機会があります。学生広報大使の活動で知り合った方のイベントを個人的に手伝うようになったり、先生と親しくなったりと、学会を離れて活動の輪を広げていく学生もいます。もちろんそれは学会としても歓迎です。
学生広報大使の活動は経験の宝庫
学生広報大使
東京医科歯科大学医学部医学科5年
黒木 平さん
―学生広報大使になったきっかけは?
黒木 これまでにも医療学生団体の活動をしていたのですが、その中でお世話になっていた先輩から、自分が卒業するにあたり、後任者を探しているという話がありました。当時は肺癌なん
て「そういう病気があるよね」というくらいで何も知りませんでした。けれど、広報大使という名前はカッコいい(笑)。何よりお世話になっていた先輩自身が務めていたことなので信頼感や安心感がある。それで、二つ返事で引き受けました。
―それまで肺癌学会のことは何も知らなかったのですね?
黒木 はい。僕の周りでも知っている人はいなかったでしょう。僕自身「何それ、固そうなイメージだな」と。学生が学会に関われるなんて思っていなかったですからね。
―学生広報大使として、どのような活動をしているのですか?
黒木 肺癌学会が主催する行事に参加し、そこで手伝いをするのが主な活動です。年に1回の学術集会が最大の行事ですが、そこでは事務局のサポートをします。肺癌についての啓発や、バッジなどのグッズを紹介したり、学会のゆるキャラと一緒に歩いて参加者の方々にお声掛けをしたりします。
―印象に残っている活動は?
黒木 どの活動も印象深く、それぞれ得難い経験です。看護師や薬剤師といった他職種の方々、医師、患者さん、さまざまな立場の方々と経験を共有したり、その中で出会いや学びをいただいたりしています。元NHKアナウンサーの方のセミナーも印象に残っています。異業種間のコミュニケーションをどう取るか。医療関係者ではなくても大事なスキルを学びました。
―サポートすると同時に学ぶことも多いですね。
黒木 患者さんと医師はどう関わるべきか。今の医療の現場ではどんな問題があるのか。学生の立場では考えることさえなかったようなことを感じ、考える機会をいただいています。講演会
やパネルディスカッションでも、運営側としてその場にいられることは貴重です。学生の立ち位置としては司会をすることが多いのですが、先生がディスカッションをしていることに関してコメントを出したり、こういうことを学びましたという感想を述べたりもします。先生方は優しく、打ち合わせなどでいろいろな話ができるのも楽しいです。勉強させていただきながら、仕事をいただき、貢献もできます。いいことばかりですね(笑)。
―学生広報大使同士の関わりは?
黒木 全国に知り合いができるのがいいですね。別件で出掛ける時も、行き先の広報大使に連絡して飲みながら情報交換をしています。普段はそれほど会えなくても、SNSなどを通じて互いの活動に刺激を受けますね。
―活動を通して特にメリットを感じることはなんですか?
黒木 大人の世界に一歩入れることでしょうか。現場に出ている方々の話を直接聞けるし、1対1で話すこともできる。学会では「こんなふうに医学は進歩していくんだ」ということを目の当たりにすることができます。いいことだけでなく、悪いこともざっくばらんに話している印象があり、現実に触れている実感があります。実習に出るようになって、これまで学んできたことがつながったり、学生としてはちょっと先を知っていたことで得をしたり。将来的にも、自分がどの分野に進んだとしても、学会に足を運んでみようと思えます。自分のこれからの仕事、未来や人生全体に関わってくる経験をしていると感じます。
※学生広報大使の所属・学年は取材当時のものです。