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女子アスリートが抱える女性特有の問題とスポーツ

エクササイズ

三國 雅人
札幌厚生病院 産婦人科
日本スポーツ協会公認スポーツドクター
日本医師会認定健康スポーツ医
ドクターズプラザ2018年9月号掲載

特別寄稿/女性アスリートの健康維持・推進

そのままにしてはいけない女性アスリートの三主徴

無月経はなぜいけない?

先の平昌オリンピックや2016年に開催されたリオデジャネイロオリンピックでの日本女子選手の活躍はまだまだ記憶に新しいところです。そして、これからもますます女子選手の活躍が期待されることでしょう。一方で近年スポーツ界では、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントの問題などと並行して、オーバートレーニング(運動、練習のし過ぎ)や不規則、不十分な食事による故障、体調不良が問題視され、特に女子選手ではそれらによる、月経不順、無月経、疲労骨折、骨粗しょう症などが競技の成績に影響するばかりではなく、将来の心身の健康にまで関係してくることが大きな問題として国際オリンピック委員会や国立スポーツ科学センター、日本産科婦人科学会などでも取り上げられるようになってきました。かつて女子選手は体調の生理的・周期的変化やその有無について、選手自身も監督、コーチ、周りのスタッフも語ってはいけない、触れてはいけないという暗黙の雰囲気が当たり前であり、「月経があるうちはまだまだ練習が足りない」という指導者も少なからずいたようですが、最近ではこのような女子アスリートが抱える特有の問題について、現役を引退したトップ選手や妊娠出産を経験して復帰した選手の体験談などをテレビやインターネット上で目にする機会も出てきました。

それでは、なぜ無月経はいけないのでしょう? 余計な出血が無い方が煩わしくないし、いつも同じコンディションで競技に臨めるならその方が理想的ではないでしょうか。前述した昔の指導者が言うように、生理があるようでは練習が足りないのでしょうか。国際オリンピック委員会(IOC)では男女を問わず全てのアスリートを対象にスポーツにおける相対的エネルギー不足、RelativeE n e r g y D e fi c i e n c y i n S p o r t(RED-S)という概念を提唱し、相対的なエネルギー不足が心身にさまざまな影響を与え、結果としてパフォーマンスの低下や故障につながるとして警鐘を鳴らしています。

無月経の原因はさまざまで、例えば先天性の疾患やホルモン産生卵巣腫瘍などスポーツと関係のない原因もあり、それらに対しては正確な診断、治療が必要です。また月経があっても子宮内膜症という疾患のように月経痛が極端に強いとか、月経前症候群といわれるような月経前のむくみ、イライラ感、頭痛、眠気などの症状はパフォーマンスに影響しますので、それはそれで無月経、月経不順とは別に生活習慣の改善や薬による対応が必要となります。

オーバートレーニングやエネルギー不足が及ぼす影響

ここで、卵巣腫瘍などの器質的疾患が無いのにエネルギー不足、トレーニング過多などからくる月経異常について考えてみたいと思います。

スポーツ選手に限らず女性では何らかの疾病にかかったり、精神的・肉体的ストレスなどを受けたりしている場合、まず自分自身の生命の維持に関係のない生殖機能(妊娠・出産のための機能)が犠牲となることが多く、ホルモン分泌が抑制され月経の周期や量の異常、さらに月経停止などが起こります。したがって無月経(3カ月以上月経がない)や稀発月経(月経周期が1カ月以上3カ月未満)は、体が弱っていて体の機能が低下や停止した状態、それによって①力が出ない、パフォーマンスが上がらない②故障の原因となる③競技引退後の人生・生活にも問題を起こしそう、そんな状態に今、体が陥っていることを示しているのです。

ある研究では15〜17歳のエリート水泳選手を月経周期のあるグループと卵巣機能が落ちているグループで、2週間ごとに400m水泳トライアルの平均速度を調査し、練習量は同一であるのに12週間の調査終了時点で、月経周期のあるグループでは8.2%成績が向上したのに対し、卵巣機能が落ちているグループでは9.8%成績が低下し、エネルギー摂取量(食事量)も低いことを報告しています(文献1)。その他にも無月経の選手は正常月経の選手と比較して、競技力に関係する機能が低いことがいくつか報告されています。

女子の身長の伸びのピークは11歳前後でそれとほぼ前後して初経を迎えます。骨量は身長の伸びが緩やかになる12〜15歳にかけて最も増加し、18歳前後に最大骨量となります。一般的にその後、骨量は増えません。すなわち中学から高校にかけての時期が最も重要という事です。一方で疲労骨折は女子に多く年齢は16〜17歳がピークです。無月経は疲労骨折の直接原因ではありませんが、疲労骨折と月経の関係はどうでしょう。10代の女子選手236名の国内調査で図1のように無月経の方が疲労骨折経験者の割合が高いことが分かります。

競技別に見た無月経選手の割合は、体操、新体操などの審美系、ついで陸上長距離などの持久系に多く(図2)、体型では痩せている(BIM<18.5)選手は無月経の割合がBMI≧18.5選手の4倍以上(図3)。一方、競技レベル別では日本代表レベルと全国大会レベル、地方大会レベルの選手で差が無いことが報告されました。疲労骨折経験者の割合を見てみると、無月経と同様に持久系、審美系に多いのですが(図4)、競技レベル別では日本代表選手の方が全国大会レベル以下の選手より疲労骨折経験者が少ない傾向にあります(図5)。すなわち、日本代表のような高いレベルを目指すためには疲労骨折を経験しない方が有利、疲労骨折を起こしやすい高校時代を無理なく過ごす事が、その後の飛躍に大切ということではないでしょうか。

アメリカスポーツ医学会は、①利用可能エネルギーの不足と②それによる運動性無月経、③その両方による骨量の低下の三つを抱えている状態を「女性アスリートの三主徴」と定義しています。エネルギー不足とそれからくる無月経は疲労骨折の大きな要因の一つであり、骨量の増加は中学、高校生の時期しかないので、この時期を誤ると取り返しがつかないことになります。さらに、一般女性も含めて無月経や月経不順の期間が長ければ長いほどその状態からの改善には時間がかかり、いざ妊娠したいという時になかなか妊娠できないいわゆる不妊症となっている患者さんも少なからずおられます。もともと骨量が低ければ更年期以降は残念ながら骨量は下がる一方ですので、骨量が高い人に比べると骨折も起こしやすく、それが原因で寝たきりとなり寿命を縮めることにもつながりかねません。このように、しっかり必要十分なエネルギーを摂取して、正常にホルモン、月経周期が保たれていることは、パフォーマンス、競技力の向上にも、競技を離れてからの一生においても大切なことなのです。

女子アスリートをサポートするネットワークづくり

現在、北海道では日本スポーツ協会公認資格を持つスポーツ栄養士や、産婦人科医のスポーツドクターはごくわずかしかいないのが実情です。そこで道内の女子アスリート、学生、運動に携わる婦人の健康維持、推進を支援するために①適切な知識と技量を持つ産婦人科医や栄養士をニーズに合わせて紹介、派遣できるようなネットワークをつくること②各分野の専門家が連携、情報交換することで運動に携わる婦人の健康推進や競技力向上を多角的に援助すること③スポーツ指導者、教員、保護者などへの啓蒙・啓発活動を通じて女子アスリート、学生などの健康維持に貢献することなどを目的とした「女子アスリートの健康をサポートする会・北海道(仮称)」の設立に向けて、スポーツドクター、スポーツ栄養士などの有志が発起人となって準備を始めたところです。少しでも早く皆さまのお役に立てるような仕組みを作れるよう努力したいと考えております。

 

文献1)Vanheest, et al. Ovarian suppression impairs sports performance in junior elete female swimmers. Med Sci Sports Exerc. 2014:46:156-166

文献2)能瀬さやか他. 女性トップアスリートにおける無月経と疲労骨折の検討. 日本臨床スポーツ医学会誌.2014:22(1):67-74.

文献3)大須賀穣、能瀬さやか. アスリートの月経周期異常の現状と無月経に影響を与える因子の検討.日産婦誌2016:68(4)付録:若年女性のスポーツ障害の解析4-15

 

 

 

ドクターズプラザ2018年9月号掲載

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