2013

10/23

半年たっても慣れない人

  • メンタルヘルス

  • null

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2013年9月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(18)

現代社会が複雑さを増している中で、生きにくさを感じる人々も

学校の成績は悪くなかったが、実社会では怒られてばかり

新入社員も入社して半年、指示がなくても一人でできることが増えてきた様子です。むしろ課長が口やかましく「ほうれんそう(報・連・相)を忘れるな」と繰り返すほど、一人でテキパキと仕事を進めることができる人も増え、職場での振る舞いも物慣れてきました。その中でAさんは、何かと注意されることが目立ってきていました。Aさんは誰もが知っているような有名な大学の法学部を卒業しています。何回か司法試験や司法書士試験に挑戦しましたが不合格で、28歳の時に最初の会社に入社しました。Aさんの話によると、そこでの仕事はそれまでの経験が活かせないような内容だったので今年の春に今の会社に転職したとのことです。現在の仕事は建築認可を検討したり、行政との折衝をしたりするような仕事です。法律の知識も必要ですが、Aさんは一つ一つ先輩や周囲に聞いてさらに自分で調べている様子です。他の人の2倍も3倍も時間がかかっています。

本人としてはきちんとできているつもり、学校の成績は悪くなかった、にもかかわらず実社会では通用せず怒られてばかりいる、こんな人に出会うことはありませんか? いつまでたっても会社のやり方に慣れない、先輩や同僚のテンポについていけない、同じことをしているように見えるのに何かと上司や先輩に叱責される、こんな人に出会うことはありませんか? うつ状態を呈して受診してこられる方の中には、しばしばこんな人がいらっしゃいます。背景には様々な病態がありますが、いわゆる病気ではなく、発達障害であったり、人格上の問題であったり、個性の範囲で考えられる要因であったりします。

Aさんはこのところ落ち込んでいます。今度の会社も自分には合わないかもしれない、もしかしたら何か自分に問題があるのかもしれない、精神的な病気に罹ったのかもしれない、と精神科を受診しました。1カ所目のクリニックでは、「何ともありません。会社に慣れないだけではありませんか」と言われました。しかし次第に落ち込みもひどくなり、日曜日の夜になると月曜の出社を考えて眠れないようになり、2カ所目のクリニックに受診しました。そこでは、注意されたことや叱責されたことを書き出してみるように言われました。思い出してみると、よく似た内容の叱責を受けています。同じことをよく間違う、人の言うことを聞いていない、気が利かない、人の気持ちが分からない、などと言われていました。医師からは「子どもの頃の様子が分かる人と一緒に来てください」と言われました。

一部の人たちは発達の特定の領域において不得手が目立つ

一緒に受診した母に担当医は「小さい頃に言葉の遅れはありませんでしたか? 迷子になることはありませんでしたか? いじめられませんでしたか?」などと次々と尋ねていきました。母親は「そう言われれば、兄弟に比べるとよく知っているのに言葉の使い方が少し変でした。他の子は一度もそんなことはありませんでしたが、この子は二度も迷子になりました。小学校ではいじめられたことが何度かあり、私も学校に抗議に行きましたが、中学になると成績もよくなり、いじめられることはありませんでした。とにかく鉄棒が不得意で、体育は理屈をつけてはサボっていました」と応えました。担当医は「発達障害の検査をしてみましょう」と言いました。検査結果は診断基準には達しない程度の広汎性発達障害傾向を認めましたが、知的には最優秀のレベルに属していました。

発達には認知、運動、言語、微細運動、注意力や行動のコントロール、社会性、学習機能といった様々な側面があります。誰もが多少の得手不得手はありますが、年相応にバランスよく発達していきます。しかし、一部の人たちは発達の特定の領域において不得手が目立ちます。例えば広汎性発達障害であれば、社会性や言語コミュニケーション、微細運動の領域において社会生活上の不適応を引き起すような発達の遅れを認めます。診断基準には達しない場合でも、複雑な社会生活の中で、不適応を示すようになることがあります。特に知的に優れている場合は、他の発達の領域においてもバランスのよい発達が求められ、不得手が目立つことになります。現代社会が複雑さを増している中で、生きにくさを感じる人々もまた増えています。お互いの個性を認め合い、少しでも生きにくさが軽くなりますように。

 

フォントサイズ-+=