2017

11/15

初夏から急増したRSウイルス

  • 感染症

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内藤 博敬
『微生物・感染症講座』
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。
静岡理工科大学、非常勤講師。
湘南看護専門学校、非常勤講師。
専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。
ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2017年11月号掲載

特別寄稿/RSウイルス感染症

「交通の発達で感染症もパンデミックを起こしやすい!?」

はじめに

ここ数年、秋から冬にかけての流行がみられるウイルスに、RSウイルス(Human respiratory syncytial virus)感染症があります。流行のピークは冬季ですが、1年を通じて感染者が報告されています。本誌でも、平成23年11月号で紹介しました。6年前に紹介したのは、通常冬季に流行するRSウイルス感染症が、夏の終わりから徐々に報告されるようになったことを受けてのことです。実は、今年は初夏から急激にRSウイルス感染者が報告され、ここ数年で最も大きな流行となっています。秋になって少し落ち着いてはいますが、本格的な冬を迎えるに当たってさらに大きな流行が起こらないとも限らないため、あらためて注意喚起させてもらいます。

 

乳幼児と高齢者は特に注意が必要!

RSウイルスは、世界中に存在しており、ヒトに対して急性呼吸器感染症を引き起こします。呼吸器(respiratory tract)感染症患者から分離され、感染した細胞同士がくっついて合胞体(syncytium)を形成するという特徴から、その名が付けられました。おたふく風邪(ムンプス)や麻疹と同じパラミクソウイルス科に属するウイルスです。RSウイルスはヒトのみに感染するウイルスで、咳やくしゃみによる飛沫感染、あるいは鼻汁や喀痰などに含まれるウイルスが手指や器物を介して感染することが分かっています。

感染してから発症するまでの潜伏期間はおよそ2〜8日で、発熱や鼻水などの上気道炎が数日続きます。その後、下気道に感染が広がるケースが約30%で、全体の3%が重症化して入院加療が必要になります。生後1歳までに約半数のヒトが、生後2歳までにほとんどのヒトが初期感染していますが、終生免疫は獲得できないので生涯にわたって顕性感染(症状を呈する感染)を繰り返します。そう、大人になっても何度でも感染するのです。

RSウイルスに対する免疫記憶がなされないとなると、成人になっても感染を繰り返すだけでなく、自身の免疫機能が働くようになるまで母親から分けてもらった免疫で感染予防している乳児においては容易に感染することになります。特に、低出生体重児や、心臓、肺、筋肉、神経に疾患がある乳児では重症化する可能性が高いとの報告があり、生後1歳までの間の感染に注意が必要です。前述のように、1歳までにおよそ5割が感染するので、注意をしていても極めて難しいことです。万が一乳児期に感染して重症化すると、無呼吸発作や急性脳症等、極めて重篤な合併症を引き起こす可能性があります。

重症化する割合は、1〜3%程度と考えられておりますが、通常は入院加療によって1週間前後で回復します。また、RSウイルスが感染を繰り返すのは子供も同じですが、子供も大人も再感染では多くが軽症で済みます。ですが、症状は軽くてもRSウイルス感染症には違いないので、知らないうちに抵抗力の弱い乳幼児に感染させてしまう恐れがあります。大人も子供も、咳が出るときはマスクを着用するのが咳エチケットですが、特に乳幼児の近くでは気を付けて、感染症をうつさないよう心掛けましょう。

乳幼児に対してRSウイルス感染を注意しなければいけない理由は他にもあります。RSウイルス感染症は、小児突然死症候群の原因の一つと考えられているのです。しかし、RSウイルスを予防するためのワクチンや、抗ウイルス薬は実用化されていません。RSウイルスに感染した場合の治療は症状を緩和する対処療法のみです。また、ワクチンは開発されていませんが、早産や慢性肺疾患、先天性心疾患を持つ乳児にでは、遺伝子工学を駆使して開発されたRSウイルスに対する抗体(抗RSウイルスモノクローナル抗体:palivizmab)を予防投与することで、重篤な下気道感染の発生抑制が可能です。

成人にRSウイルスが感染した場合、それまでに何度か感染していることで記憶している免疫が働くため、軽度の場合がほとんどですが、油断をすると肺炎を引き起こすことがあります。集中治療室での加療が必要な肺炎患者のおよそ1割からRSウイルスが検出されています。また、免疫が低下している高齢者では、RSウイルス感染によって重篤な症状を引き起こす場合があります。介護施設に入所している高齢者では、RSウイルス感染によって入院率や死亡率を増加させる一因として報告されているのです。

近年、RSウイルス感染症の高齢者での感染・重症化には、COPD(chronicobstructive pulmonary disease)、喘息、慢性心疾患、重度の免疫不全状態などの基礎疾患が関与している可能性があると報告されています。特に喫煙によって引き起こされるCOPDとRSウイルス感染症重症化との関連には注意を要します。慢性呼吸器疾患であるCOPDを進行させる増悪要因の主たるものは呼吸器ウイルスの感染であり、RSウイルスもその一つです。いずれかの基礎疾患をお持ちの方は特に注意していただきたいと思います。

 

RSウイルス感染症の流行は南米から!?

日本におけるRSウイルス感染症の動向調査は、RSウイルス感染症が五類感染症として定点把握の対象となる以前から取られていて、11月から2月にかけての冬季にピークがある感染症という認識がされています(沖縄県では夏季に感染者が増加)。平成18年までは年間の報告数が100件程度でしたが、ここ数年は報告数が激増しています(グラフ参照)。その理由は定かではありませんが、交通の発達により感染症も国内、海外で往来するリスクが高まったため、あるいは地球温暖化が原因だとする意見もあります。また、平成23年からは乳児のRSウイルス検査が保険適用になったため、検査数が増えたことが理由だとする説もあります。いずれにしても現在は数千人単位の報告数があり、年間を通じて感染者が報告されるようになりました。

冬季に流行するRSウイルス感染症が、何故今年は夏に急増したのでしょうか。6年前の記録を辿ると、同年5月にアルゼンチンでRSウイルスの流行が前倒しになっていました。実は現在世界中で蔓延しているRSウイルスは、今から18年前にアルゼンチンのブエノスアイレスで確認された“BA”という遺伝子型のRSウイルスです。そんなこともあって、アルゼンチンでの流行が持ち出されたわけですが、アルゼンチンは日本の真裏、南半球にある国なので、5月は日本の秋〜冬に当たります。例年より1〜2カ月早く流行が起こり、同年冬の北半球での流行も早まったと考えられています。

今年の動向はというと、WHO(世界保健機構)が報じた世界のインフルエンザの動向の中で南米のRSウイルスの流行が確認できるのは、4月8日のコロンビアでの流行報告です。18年前同様、若干早い流行ではありますが、今年の日本の前倒しほどではありません。このWHOの報告を遡ってみたところ、昨年2月8日にコスタリカでRSウイルスが活発になっていると報じられ、3月、4月には南米エクアドルでRSウイルスに起因する重症急性呼吸器疾患(SARI)活動が高まっていることが報告されていました。1〜2月は南米では真夏に当たり、この時期のRSウイルス感染症の流行、さらに重症化は極めてまれな事であり、また今年の日本での流行の極端な前倒しとよく似ています。南米での流行が日本での流行と関連するか否かについては、他の呼吸器感染症も含めたパンデミック(世界的流行)解析調査の結果が待たれるところですが、交通の発達に伴って感染症もパンデミックを起こしやすい状況にあるのかもしれません。

RSウイルス感染症とよく似た症状の感染症に、ヒトメタニューモウイルス(hMPV:human metapneumovirus)感染症があります。下気道感染症の1位と2位を占める両者は、症状や経過が酷似しているために専門医でも見分けるのが難しいといわれています。しかし、ウイルスとしても近縁であるこれらには、大きな違いがあります。違いの一つは、感染流行の時期です。秋から冬にかけて流行するRSウイルス感染症に対して、ヒトメタニューモウイルス感染症は冬の終わりから春の終わりにかけて感染のピークを迎えます。これらのウイルス感染症には、流行に数カ月の違いがみられるのです。

また、いずれも小児に感染しますが、ヒトメタニューモウイルスは生後1カ月未満の新生児に感染することは極めてまれなことです。RSウイルスは1歳あるいは2歳児の初感染時が最も重症化し易いといわれていますが、ヒトメタニューモウイルスは2〜4歳児の入院が多いといわれています。hMPVはRSウイルスほど感染の機会が少ないため、3歳あるいは4歳で初期感染しているのかもしれません。

 

出典;国立感染症研究所「感染症発生動向調査 週報(IDWR)」を基に作成。

 

 

おわりに

冬季に注意すべき呼吸器感染症は、RSウイルスだけではありません。インフルエンザ、流行性耳下腺炎(おたふく風邪)、水痘(みずぼうそう)、マイコプラズマ、溶血性レンサ球菌など、年間を通じての感染報告があって冬季に流行のピークを迎える感染症はたくさんあります。昨年は流行のピークが例年よりもかなり早かったインフルエンザですが、今シーズンは11月に入っても流行の兆しを見せていません。流行性耳下腺炎、水痘、マイコプラズマは、例年よりも低い報告数で推移しています。

溶血性レンサ球菌は、年末から年始にかけて感染のピークを迎え、年々報告者数が増加しています。特に今春は冬のピーク並みの流行があったため、今冬の大流行が懸念されています。溶血性レンサ球菌感染症は、劇症化することもあるため、特に注意が必要です。

冬季の呼吸器感染症予防は、「手洗い」と「うがい」が基本です。特にRSウイルスは環境中では不安定なウイルスなので、石鹸や次亜塩素酸に触れるとたちまち失活するため効果が高いです。人混みや感染の疑いがある場合には「マスク」も「うつさない/貰わない」ための大事なアイテムです。誰もが何度も感染したことがあるのに、知名度の低いRSウイルス感染症。大人にとっては「鼻カゼ」であっても、赤ちゃんや高齢者にとっては厄介なウイルスであることを忘れないでください。

 

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