2014

09/17

分かって分からないこと

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2014年9月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(27)

精神科の診断ってなぁ~に?

医学的分類と脳科学の現状

「精神科の病名ってよく分からない」とよく聞きます。皆さんもそう思っていませんか?

精神科も含めて世間でよく使われる診断基準はICD― 10(国際疾病分類 第10版改訂版)ですが、実はこれは医学的な病名の分類ではないとされています。厚生労働省もICDのABCという解説書の中で「医学的に類似している疾患、傷害、状態などを区別して整理するための(統計のための)分類」であり、「医学的に命名した医学用語ではない」と解説しています。そこに例として挙げられているのは、「ある患者さんが医療機関を受診。症状、血液検査所見、腹部超音波検査結果から、急性膵炎と診断された。その後、腹腔鏡検査の結果、出血が認められたため、出血性急性膵炎と変更された。」という経過が記載されています。その解説として、最初の診断名は、「急性膵炎」ですが、腹腔鏡検査後の診断名は「出血性急性膵炎」と変更されています。違った医学用語で表されるこの二つの診断名に対して、ICDでは、統計学的にこれら二つの病態は同じグループに入れることが適当であると国際的に判断されており、ICD― 10(2003年版)準拠第2巻で見ると、急性膵炎であれ、出血性急性膵炎であれK85としてコードされます、と解説されているのです。(厚生労働省企画課国際分類情報管理室ICDのABCより)。

ここに示されているように、医学的分類のためには、症状以外の様々な傍証、例えばこの例でいえば、血液検査所見、腹部超音波検査結果、腹腔鏡検査結果などの傍証となるものが必要とされます。しかし、精神医学領域にはこのような傍証はなく、単に症状から以外、診たてる術(すべ)がないのが現状なのです。脳科学は分かっていないことが多すぎるのです。例えば、うつ病を診たてる有力な傍証としてこの4月から健康保険で認められた光トポグラフィー検査結果も、うつ病の症状がある場合には光トポグラフィーの低値が示されればうつ病らしさが増したと言えますが、うつ病の症状が示されていない時にはいかに光トポグラフィーが低値を示してもうつ病とは診断できません。内科領域では、「胸が痛む」という症状を訴えなくても心電図上、急性心筋梗塞の所見があれば、強く急性心筋梗塞(無痛性心筋梗塞)を疑ってさらに検査を進めていくのとは大きな違いがあります。うつ病の傍証としてもっとも有力な検査とされていてもこのような有様ですから、精神科領域にはほとんど現代医学的な「診断のための傍証」がないといっても過言ではありません。

精神科の病名って分からないってほんと?

このような現状の中で、精神科医たちは、いわば手探りで似通った症状を一括りの病名としているわけです。皆さんが感じているように「精神科の病名って分からない」のです。実は、一昔前はさらに分からない状況で、国や地域によって独特の病名があり、国際統計を取ると人種によって変わらないはずの疾患、たとえば統合失調症などの発生率が国によって診断基準が異なるために異なってしまうというようなことが起こっていました。ひどい場合には、精神科医一人一人が同一の症状を持つ疾患について異なる診断名を付けるというようなことが起こっていました(今でも全くないとは言えないのですが……)。例えば、ある人が大切な人を失ってうつ状態になっている場合に、ある精神科医は単なる喪の儀式で正常だと言い、また別の精神科医は反応性うつ病だと言い、他の精神科医はうつ病と診断するようなことが起こっていました。ICD― 10という国際的に統一化された統計のための分類の解説によって、疾患の症状や持続期間が定義されることによってこのようなバラつきが少なくなってきました。やっと、統合失調症など発生頻度が人種によって変わらないはずの疾患の統計がどの国においても一致するようになったのです。

皆さんが感じている「精神科の病名って分からない」は、実はかなり本当に近いことだったのです。このような現状の中、患者さんに病名を伝えても単なるラベル貼りにすぎないから伝えないと決心する精神科医もいるかもしれません。皆さんは、伝えてほしいと思いますか?

それとも、単なるラベルならいらないと思われますか? このような事情で、精神科では初診で病名を告げられないことが多いのです。次回は新しい診断基準DSM-5についてお話しましょう。

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