2013
02/15
体の不調を訴えるとき
-
メンタルヘルス
-
null
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。
ドクターズプラザ2013年2月号掲載
よしこ先生のメンタルヘルス(11)
日本人は身体化をもって不安や怒りなど心理的な問題を表現
Contents
はじめに
このところ立て続いて、大学病院や高次機能病院には、総合診療科、プライマリーケア科などが新設され、総合的に見立てる必要性が重視されつつあります。この背景には、高度化、専門化する現代医療と「体の不調を執拗に訴え、身体医学的には不調の原因がない」患者さんたちの存在があります。高度化、専門化した医療は、主訴に従ってMRIやTEOなど高額な検査を繰り返していくわけですが、何ら身体医学的な不調が見つからない患者さんたちは、体の不調を訴えることによって周囲の世界と関わっていくようになってしまい、家族や関わる治療者は巻き込まれていきます。これらの患者さんたちを精神科領域では、「心気症」、「身体表現性障害」と言います。
42歳・男性、技術者の場合
例えば、42歳のある男性のお話をしましょう。地方から大学進学を機に上京し、技術者として働いてきました。30代に入ると、母から「親戚から縁談もあるし、私も年を取ったし、戻ってきたらどうか」などという連絡がよく入るようになりました。30代中頃には自分自身も結婚や帰郷について、ふっとした拍子に考えるようになりました。そのようなある日、人に勧められて枕を変えました。するとその晩、まったく一睡もできず、次の日は仕事に出勤しましたが、頭痛や胸痛、頭の重い圧迫感があり、仕事になりませんでした。翌日から元の枕に戻し、何とか寝られるようになりましたが、頭痛は完全にはよくなりませんでした。それ以来、「頭痛持ちだ」と自認するようになり、今年の冬にはしばしば割れるように頭が痛く、近医の頭痛外来を受診しました。画像センターに受診し、MRIを撮るように指示され、原因が分かるのではないかと期待しましたが、画像を持って頭痛外来を受診したところ、「異常はありませんから、少し予防薬を飲みましょうか」と言われました。「何か原因があるはずだ」と執拗に訴え、「もしかしたら脳腫瘍があるのではないか」「脳内出血でもしたのではないか」と訴えたため、頭痛外来から脳神経外科に紹介されました。
脳神経外科ではPETや脳血管造影など行いましたが、何ら異常はありませんでした。「どこか悪いはず」と訴えると、次には整形外科に脊椎を診てもらうように紹介されました。整形外科では、頸椎の6番目と7番目に椎間板ヘルニアがあると言われましたが、「これでそんなに強い頭痛が起こるとは考えられない」と整形外科医は言うのです。なおも「頭が痛い」「何とか原因を探して治療してほしい」と訴えると、整形外科医は「心理的な検査をしてもらったらどうだろう」と提案しました。この頭痛が和らぐなら、どんな検査でもしようと思い、精神科を受診しました。
精神科の初診時、もっぱら身体症状の訴えをするのみで、「整形外科の先生から心理的な検査をすると頭痛の原因が分かると言われたのですが」と、心理検査には積極的でした。心理検査の結果からは、自分を主張したり他人を責めたりすることがまったくできず、不平不満を表現できず、むしろ問題そのものをないことにしてしまう、抑圧的で葛藤や不安を表現することがない、心因(ストレス)そのものがあることを否定してしまう、と言わば抑圧と否認の人であることが示唆されました。精神科医はそのような説明をしましたが、こころの悩みはないと言うばかりでした。しかし、楽になるならと治療導入に合意しました。
身体で心を表現
もしこのような人がはじめに総合診療科を受診し、一つか二つの検査で身体医学的な問題はないことが診立てられ、精神科に受診した場合には、患者さんにとっても医療経済にとっても利益が大きいといえるでしょう。実際日本語では、悩みがあることを「頭が痛い」と表現したり、怒っていることを「腹が立つ」と言ったりします。日本人は、身体化をもって不安や怒りなど心理的な問題を表現する民族ともいえます。「息が詰まる」「胸苦しい」「腹に一物」「肩の荷が重い」など、身体で心を表現する言葉は枚挙に暇がありません。身体化はわれわれ日本人には馴染みの苦痛の表現ですが、こじらせてしまうと治りにくく、入院するほど重症な患者さんの40%はしだいに悪化していくといわれています。治療は、患者さんが身体をもって表現したい心の悩みを見つけ出し、病人の役割を取らないでも社会と関係が保てるように支援し、自律性を高めていく働きかけをすることです。イヤなことはイヤだ、つらいことはつらいと上手に言えるようになるといいですね。