2017

03/15

仮病は病気?

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2017年3月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(42)

自分で病気を作り出す人々

作為症とは

前回はASD(自閉症スペクトラム障害)についてお話しましたが、DSM-5(アメリカ精神医学会の最新の診断基準)では、いくつかの診断基準が大きく変わりました。今回は大きく診断基準が変化したもう一つの障害についてお伝えしたいと思います。「作為症」といわれる病名を聞くと、皆さんはどんな病気をイメージしますか。作為症は「自分で作る病気」という意味です。仮病みたいな病気? 小学校の頃、学校に行きたくなくて、「熱があるんだ」と母親に伝えたことを思い出す方はいらっしゃいますか? 中には体温計をこっそりこすって、「37.5℃ もあるんだ!」と見せた方もいらっしゃるかもしれません。「熱が出た」=「学校に行かないで済む」ことになります。このような現実的な利益がある場合は作為症といいません。実は作為という障害は、病気であることのみを目的として、自分で症状を作り出します。「何の目的もないのに自分に病気を作るなんて、そんなおかしなことが起こるのか」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、「そんなおかしなこと」は既に80年も前から報告があります。当時は、ほら吹き男爵の名前にちなみ、「ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれ、珍しい病気としてランセットという有名な科学誌に掲載されました。

実際に、現代の入院患者を調査してみると、100人に1人は自分で病気を作り出して入院しているという推定があります。病気を装う、病気を作っていることを見破られたくない、という特徴がこの障害にあることを考えると、かなり低く見積もられていて、「病気」で入院している人たちの中の、数%から10数%いるのではないかと見る専門家もいます。驚くべきことに、病気を作り出したい人たちは、自分だけでなく、他の人に病気を作り出すこともあります。他の人の病気を作り出すって、一体誰に作り出すのでしょう。自分の子どもや、自分の身の回りにいる自分が保護している人たち、例えば高齢者に、あの手この手で病気を作り出します。その場合は、自分は甲斐甲斐しく看病する役割を果たします。他の人に作り出す場合は、一つの見方では虐待になりますが、同じ作為症に分類されています。

皆さんの頭の中には、毎日毎日「腰が痛い」「足が痛い」「歩けない」と訴えているおばあさんや、今日は高血圧で循環器内科へ、明日は糖尿病で代謝内科へ、明後日は腰痛で整形外科へと日課に病院を受診しているおじいさんのことが頭に浮かんだ方もいらっしゃるかもしれません。身体疾患があって、少し大げさになり過ぎている場合も、この障害に含めようという考えの精神科医もいますが、この障害は病気でないところに病気を作り出すことが中心的な概念です。

時には大きな後遺症を残すことも

作為症の人々は、自分で作り出した症状に対して、熱心に治療を求めます。しばしば劇的な治療を求め、場合によっては大きな後遺症を残すことがあります。例えば、イレウス(腸閉塞)の訴えで救急受診をし、熱心に手術を求め、実際にあまり準備のない状態で緊急手術が行われ、広範囲に及ぶ癒着などの後遺症でさらに訴えが強くになった方もいます。時には数年の間に何十回という手術を繰り返す場合もあります。そう、元は何の病気でもなかったのに。「こんなおかしなことが起こるのは、きっと心の病気に違いない」と思われる方も多いと思います。実際そうです。長期的治療経過に基づいて、精神病理や疫学の検討をし、この障害を、①症状の自己産出、②患者役割が目的、③現実的な利益を求めない、という特徴を持った一つのまとまりのある障害と専門家は考えています。

自分から求めて病気でいたい人たちを治療するって、治療できるのでしょうか? だって病気でいたいんですよ? 治療の原則は、「症状そのものの治療をしない約束」を患者さんとすることが第一歩になります。症状は自己産出している虚偽のものですから、うその病気は治療せず、症状を作り出さざるを得ない心を治療することに同意できることが治療の始まりです。自分自身や守るべき人の身体や心を傷つけざるを得なくなるのは本当につらいことでしょう。「患者役割」や病気以外で社会と付き合うすべを持たない人々に、医療が提供できるものがありますように。