2016
03/15
仕事と介護を両立させることが本当の親孝行
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介護
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ドクターズプラザ2016年3月号掲載
巻頭インタビュー/NPO法人となりのかいご
本人のためにも、あなた自身のためにも、早めに介護のプロに相談を
介護離職が高齢者虐待の原因に
―「となりのかいご」の活動はどのようなものですか?
川内 高齢者虐待の防止、特に家族からの虐待の防止を目的として、支援しています。その情報発信として『介護で家族を憎まないために』という冊子(※1)を発刊、販売しています。また虐待防止の一環として、介護離職の防止活動もしています。実際に虐待のケースを見ると、経済的な困窮が一つの原因になっています。会社を辞め、奥さんや親を密室で介護するという状況は虐待を生む可能性があります。介護で仕事を辞めなければ、経済的な収入も途絶えることはないし、密室になることもないわけです。虐待を未然に防ぐ方法として介護離職の防止が有効なのではないかと思い、企業に出掛けて、セミナーを始めました。地域の「介護者の会」と連携をして、ストレスを抱えている人たちに集まってもらい、日々介護についてどういう思いを持っているのかを打ち明け合うグループワークも行っています。
―企業の最初の反応はどうでしたか?
川内 事前の話では「うちには介護のことで悩んでいる社員はほとんどいないよ」と言われたのですが、実際にセミナーを行ってみると、その会社のたくさんの社員が参加して、「うちの社員ってこんなに介護に危機感を持っているのか」と驚かれました。会社側が問題を把握できておらず、社員も自分の家の介護のことを会社に相談するという発想がなかった。情報感度が高い一流企業の社員であっても、介護のことは本当に知らないのだな、と思いました。
―介護を人に任せることに後ろめたさを感じる人もいますね。
川内 まずは、「親の介護をせず、仕事を続けたら親不孝だ」という考え方を捨てて欲しいと思います。あなたが仕事を辞めて介護に向かうことが親孝行といえるかどうかもう一度考えて頂きたい。セミナーでは、介護の「制度」の話をする前に、あるストーリーをお話します。私が在宅介護の現場で働いていた時、ご高齢の女性とお会いしました。その方は要介護5、寝たきりの方なのですが、突然「私、もう本当に死にたいの」と仰ったんです。「どうして」と伺ったら、「私が生きているせいで、息子と息子の嫁にかなり負担を掛けているのが分かる。仕事も辞めて、私のことをいろいろやってくれるけれど、私さえいなければこの子たちは仕事を辞めなくて済んだ。だから早くお迎えが来てくれて、子どもたちが元の生活に戻れば良い」と仰ったんです。介護離職予備群の方々にはまずこの話をして、「ここを目指したいですか?こうなりたいと思う人はきっといないと思います」と言うのです。
皆さんが日々やっている仕事を、私が急に代わることができないのと同じで、介護職の仕事も急にできるものではありません。介護職は日々おむつ交換の仕方を含め研鑽して、プロとしての技術を向上させています。それをいきなり皆さんがやるというのは無理な話です。介護する側も大変だし、される側も負担なのです。本人のためにも、そしてあなた自身のためにも、介護のプロに介護を任せるのは、とても大事なことです。
一方で、家族の方にしかできないことがあります。もしあなたが介護のストレスに苛まれたら、誰が親御さんの気持ちを汲み取れるでしょうか。介護職の私たちにはそこまではできません。昔話をしたり、冗談を言い合ったり、ホッとできる瞬間を生み出すことができるのは家族の方だけです。最初は歯がゆいかもしれない。だけどそれが、介護される側にとっては「私は生きていて良いのだ」と思える実感につながるのです。こうした話をした上で、ようやく介護制度の話をするようにしています。そうしないと結局、手段があっても皆さん利用しようと思わないのです。
本当に親のためを思うのであれば、会社を辞めてはいけない
―介護離職が年間十万人といわれますが、男女の比率に違いはありますか。
川内 介護離職する割合はまだまだ女性の方が多いです。一方で、男性が主たる介護者になる割合は少しずつ高まってきていて、最近は全体の約3割が男性です(厚生労働省、平成25年国民生活基礎調査の概況)。そして、「平成26年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果(厚生労働省)」によると、「被虐待高齢者からみた虐待者の続柄」は、「息子」が40.3%、次いで「夫」が19.6%、「娘」が17.1%、息子の配偶者(嫁)が5.2%となっています。同結果によると、虐待の加害者は圧倒的に男性(息子、夫)が多く、割合でいうと約6割になります。
虐待をする人に「殴っちゃ駄目じゃないですか」と言っても、そんなことは本人も分かっているのです。でもやらずにはいられない気持ちがその人にはある。そこまでいったらもう、なかなか止められないのです。その手前で止めるには、やっぱり離職をしてはならない。「適度な距離を保つ」ということが大事なポイントになります。それ以外にも、将来に不安があり、虐待に至る方もいらっしゃいます。経済的にドンドン追い込まれていって、貯金もなくなり、介護サービス等も使えなくなって、生活が立ち行かなくなり、思い余って心中してしまうこともあります。そういうことを防ぐためにも、経済的な活動は絶対途絶えさせてはならない。セミナーでは、「本当に親のためを思うのだったら、会社を辞めちゃいけない」ということを徹底的にお話するようにしています。
※1:となりのかいご発行『介護で家族を憎まないために』500円(送料別)。注文・問い合わせはホームページから。http://www.tonarino-kaigo.org
―役所の手続きで戸惑う方もいるかと思います。
川内 役所の対応が冷たいときもありますよね。たらい回しにされたあげく、書類を渡されて帰される。そのやりとりの中でキレてしまって、「もう二度と来るものか」と、制度の利用を諦めて、自分で介護を始めてしまう方もおられます。だから役所に行くときは、先に「介護保険制度の申請に来ました」というような形で言ってください。そうしたら担当の部署に間違いなく辿り着くことができます。そこでイラッとして「もういい」となったら、1割負担(※2)で使える介護保険制度が全く使えなくなって、結果離職せざるを得なくなります。
―「親の介護のために田舎に戻った」という話も聞きます。
川内 親子が互いに遠距離で暮らしていて、親が認知症だから子どもの元に呼び寄せなければいけない、もしくは子どもである自分が戻らなきゃいけない、というわけではありません。実は私の祖母は認知症だったのですが、3年間、九州で一人暮らしをしていました。週6日はデイサービスに通い、デイサービスに行かない日はヘルパーさんに来てもらって、1日1回は必ず誰かが来る、という体制を作りました。また住宅改修として、火を使わないようにIHヒーターにしたり、五右衛門風呂だったのを一般の浴槽にしたりもしました。そのようにちゃんと体制を作れば、実は認知症でも一人暮らしができるのです。
介護離職をした人たちの話を聞くと「もう自分がやるしかない」を前提でサービスを探してしまいます。介護サービスも利用限度額まで使っていないし、無料ボランティアや、おむつの宅配サービス、無料理美容券、シルバー人材センターの見守りサービスも全然使っていない。それでは手を尽くしたとはいえない。最初に「自分がやらなければいけない」と前提を立てると、できることに限界が生じます。最初から「自分でやらないためには何ができるのだろう」ということを考えてもらいたいです。
家族の介護の不安は会社や同僚と共有
―子どもである自分の生活が崩れたら誰が親の面倒を見るのか、という話になりますね。
川内 「自分が要介護状態になった時に、自分の子どもが全てを犠牲にして介護することを望んでいるか」ということを想像して欲しいと思います。誰もそんなことは望まないのではないでしょうか。親としてはやっぱり自分の子どもにちゃんとした生活を送って成長してもらいたい。仕事と介護を両立することこそ本当の親孝行なのです。
―同居の家族の介護が必要になった場合、情報はどのように集めたらいいのでしょうか。
川内 できるだけ早く地域包括支援センターに電話で相談してみてください。ただ、相談員は個別訪問も行っているので、センターに訪問する際は、事前に電話をした方が無駄足にならずに済みます。介護が必要と思われたら、とにかく早めに相談をすることをお勧めします。もし、ご家族が入院されているなら、まずは病院に配置されているソーシャルワーカーに相談することです。ただ待っていても情報が得られない可能性があります。自ら聞きに行くことが大事です。先ほどと同様で地域包括支援センターに相談に行くのも一つです。初回の相談は電話でも大丈夫です。仕事をしていて昼休みしか電話できないのであれば、昼休みに電話をする。自分の母親が北海道の病院に入院しているのであれば、その地元の地域包括支援センターに電話をしてみてください。自分一人だけで悩んでいても答えは出ないですよ。いかに早く必要な情報収集をして、介護の体制を作れるかが大事なことです。
―最後に一言お願いします。
川内 「会社に迷惑をかけたくない」「同僚に変な気を遣わせたくない」と、ギリギリまで会社の誰にも相談しない方が非常に多いのですが、その結果、悩みを抱えて追い込まれてしまい、突然休みを取らざるを得なくなり、結果的に介護離職することになってしまったら、それこそ会社や同僚に多大な迷惑をかけることになってしまいます。中小企業であれば、重要な役割を担う方が介護のために突然退職したら、会社が倒産の危機にさらされてしまうことにもなりかねません。自分のためにも、会社のためにも、家族の介護の不安は、会社や同僚とある程度共有しておき、いざというときの備えをすることが非常に重要です。
※2:一定以上所得者の場合は2割
参考資料:「サービスにかかる利用料」(厚生労働省/http://www.kaigokensaku.jp/commentary/fee.html)