2025

02/05

今年度診療報酬改定が示唆するもの

  • メンタルヘルス

西松 能子
博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

よしこ先生のメンタルヘルス(71)

その病気は医療にかかるもの? それとも自己管理すべきもの?

2024年度診療報酬改定は、全科に及んで大きく改定されました。例年4月改定のところ、大きな改定であったせいでしょうか、6月改定となりました。今回の診療報酬改定から透けて見えてくるものは、国の医療に対する姿勢の変化でしょうか。

従来、わが国の医療の特徴はフリーアクセス(誰もが自由にどの医療機関にかかれる)、国民皆保険、現物給付といわれてきましたが、フリーアクセスについては昨今、門戸を狭められつつあることを皆さんご存知かもしれません。今回の診療報酬改定は医療機関に対してのみならず、国民全体に、「その病気は医療にかかるものですか、自己管理すべきものですか」と問いかけられたともいうべき改定でした。特に、国民全体が一定の年齢になれば誰もがなり得る、いわゆる成人病については、治療の姿勢が厳しく問われることになりました。「特定疾患療養管理料」という、月1回受診すれば加算される管理料の対象疾患から、糖尿病、高血圧疾患、脂質異常症が除外されたことが、その代表的なものとなりました。従来、医師にかかってお薬を処方されると加算されていた特定疾患療養管理料は、この3疾患には付与されなくなりました。その代わりに、それらの疾患については、「生活習慣病管理料を付加することがそれぞれ可能となりましたが、その場合は①診療ガイドラインを参考として疾病管理を行うこと②長期処方およびリフレ処方箋の交付について対応可能である旨を院内に掲示すること、③多職種(歯科医師、薬剤師、管理栄養士など)と連携すること、糖尿病患者については歯科受診を推奨すること、が求められました。

狭められた医療にリーチする道

従来、現代の日本の医療の保険点数は、専門職を雇用すると赤字になる構造設計でしたので、最も多いのは医師1人、スタッフ1~2名で経理など家族が担う家族運営でした。今回の改定では、他の専門職との協働が求められました。結果としていわゆる老人クラブにも見える待合室のような、町の内科医の2~3割が閉院するのではないかといわれています。

一方、わたくし共の精神科、心療内科はニーズが多く、雨後の筍のように急激に増加しているといわれています。例えば現在、駅ごとにある、○○メンタルクリニック××院などは医師1人、スタッフ2~3人の最も効率的な構成で運営しています。発達障害の診断なども、簡易なWHOの検査(例えばASRS)で発達障害の診断を行います。今回は、このような形の精神科・心療内科では、一律診療報酬が下げられました。一方では、心理支援加算が新設され、前回行われた精神保健福祉士による療養生活継続支援加算と併せて、多職種協働で支援することに対して加算されました。そのためには、持続的な多職種の雇用が必要となり、実際にはニーズが多くあるにもかかわらず、該当しない診療所は閉院するかもしれません。どの科でも、医療にリーチする最初の門がせばめられるようになったといえるでしょう。

ここ10年来、大学病院などの高次機能病院では、診療情報提供書なしにはリーチしにくくなっています。今回の改定による従来型診療所の閉院により、さらに高次機能病院にリーチしにくくなりつつあるといえるのではないでしょうか。高次機能病院特に国立病院、大学病院は多額の赤字を抱え、いくつかの高次機能病院は閉院かと噂されています。諸外国に比べると、無尽蔵ともいえる形で国民に開かれていた医療の門戸は徐々に狭められていくのかもしれません。今回の診療報酬改定と、10年来の高次機能病院へのリーチが徐々に狭められてきた経過を考え合わせると、わが国の医療はイギリス型の医療に進んでいるといえるかもしれません。

一方ではこれらの施策は、税制とも連動し、12,000円以上ドラッグストアで医薬品を購入すれば、税控除の対象となります。国民は自己管理することのメリットを交換に差し出されたわけですが、医療にリーチする道を狭められたことと引き換えなのかもしれませんね。我が国の医療が大きく変わりつつあるのは確かですが、この変化が国民にとって健康増進につながるのか、慎重に見守る必要があるでしょう。

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