2022
07/04
人類と微生物・感染症
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感染症
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事
新微生物・感染症講座(2)
はじめに
地球が誕生してから約46億年、地球に生命体が生まれてから約35億年と考えられています。人類は、およそ500万年前にアフリカで誕生したと考えられており、30万年前には我々の祖であるホモ・サピエンス(以下、新人)も存在していました。30万年と聞くと長く感じますが、地球の長い歴史から見ると新人が誕生してから今日まではほんのわずかな時間であり、先に誕生していた微生物は生命体としての大先輩といえるでしょう。そんな微生物を人類は利用しながら、時に襲われながら、今日まで地球上で共栄してきました。今回は人類と微生物・感染症の歴史を振り返ってみましょう。
微生物の発見
紀元前、医学の父であるヒポクラテスは、病気の原因は汚れた空気だとする瘴気(しょうき、ミアズマ)説を唱えました。16世紀になると、感染症は何かしら生命のある病原体が原因になっているのではないかとの考えが強くなり、イタリアのフラカストロがコンタギオン(接触伝染)説を唱えました。この頃はまだ、微生物の存在も、生命体が自然発生しないことも明らかとなっていませんでした。虫が自然発生しない事は、1668年に、フランチェスコ・レディによって証明され、1860年にはパスツールによって微生物も自然発生しない事が証明されています。
1670年代にオランダのレーウェンフックが解像度の高い顕微鏡を開発したことで、人類は初めて微生物の存在を知りました。この微生物が病気(感染症)の原因となることをドイツのロバート・コッホが証明したのは、微生物の発見から200年以上経ってからのことです。この頃の研究対象は細菌が主で、ウイルスはまだその存在すら不確かなものでしたが、1892年にロシアのイワノフスキーによってタバコモザイクウイルスが発見されました。江戸から明治に元号が変わったのが1868年のことですから、現代の感染症の基礎が明らかとなって150年程度しか経っていないことになります。千年以上もの間、感染症対策に困窮していた人類ですが、科学や医学を駆使するようになって、ようやく対抗し始めたところなのです。
農耕の始まりと感染症
人類と微生物との関係は、人類が地球上に誕生してから続いています。紀元前1万年以上前、人類は農耕や畜産を始めたことで食べ物を安定して得ることが可能となりましたが、集団で定住生活を始めたことで、ヒトからヒトへ伝染する感染症を経験するようになりました。また、農作物を貯蔵することでネズミなどの衛生害獣が生活圏に現れるようになり、また、集団生活で発生する膨大な排泄物の影響もあって、衛生害獣に寄生しているノミ、ダニ、シラミなどを介して、人類は感染症に見舞われる機会を増やしていきました。
世界各地の様々な文明や18世紀に起きた農業革命や産業革命によって、人類は爆発的に人口を増やし、生活は飛躍的に利便性を高めましたが、あらたな感染症を経験するようにもなりました。例えばコンタクトレンズの発明は、緑膿菌や表皮ブドウ球菌を原因とする細菌性角膜炎や、アカントアメーバ角膜炎を生み出しました。また、人類は開拓することによって、それまで接する事の無かった環境に触れ、そこに存在する未知の微生物に接触する機会をも創出してきたのです。SARSやMERSはコウモリを終宿主とするウイルスであり、開拓が一つの原因と考えられます。COVID-19の終宿主はまだわかりませんが、SARSやMERS同様に開拓が発生の一因であることは否定できないでしょう。
人類が最初に作った発酵食品はワインかヨーグルトか⁉
人類は感染症の原因として微生物と対峙するだけでなく、その存在を知る前から実に都合よく微生物を利用してきました。最も身近な例は、発酵食品ではないでしょうか。考古学の分野で最も古いとされている発酵食品は、約8000年前にコーカサス地方で作られたワインと考えられており、約7000年前になると中東のイランでもワインを作っていた証拠が見つかっています。家畜の乳を利用した発酵食品は、約5000年頃にヨーグルトのようなものが牛乳から偶然できたと考えられています。いずれにしても誰かが見たものではないので確実な事は言えませんが、人類はその存在を知らない大昔から微生物を利用していた事は確かなことです。
日本にも様々な発酵食品が食文化として残っています。縄文時代にはすでに発酵食品が作られ始めたと考えられていますが、記録が残っているのは奈良時代以降です。中国において発酵食品を記す最古の文献は、周王朝初期(紀元前11世紀頃)であり、おそらく古墳時代からヤマト王権の間に、発酵食品の製法技術が大陸から伝わってきたのではないかと考えられます。古代中国では食材を塩漬けにして保存しており、その過程で食材が発酵することを経験的に知り、これを「醤(ひしお)」と呼んでいました。醤油や魚醤には、その名前に名残があります。
発酵食品だけでなく、私たちの命の源である水の処理や薬の製造などにも微生物を利用しており、また、私たちの身体には沢山の常在菌が共生しています。感染症の原因としてだけでなく、様々な視点で微生物に興味を持ってもらえたら嬉しいです。