2013

11/23

人的交流と輸入感染症

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2013年10月号掲載

微生物・感染症講座(34)

シャーガス病(トリパノソーマ原虫)

はじめに

今年の初め、マダニが媒介する重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの国内感染例が報告され、蚊やダニといった節足動物が媒介する感染症も身近に感じられるようになってきたのではないでしょうか。そんな折、夏には中南米に生息している昆虫が媒介する原虫症にまつわるニュースが飛び込んできました。日本では馴染みの無い「シャーガス病」と呼ばれる原虫症です。今回はこのシャーガス病の紹介をしながら、輸入感染症について考えてみましょう。

中南米全体でのシャーガス病感染者は1,000万人以上だった!?

シャーガス病の原因は、トリパノソーマと呼ばれる原虫です。原虫とは、単細胞の寄生虫のことで、トリパノソーマ原虫は哺乳動物の血液や組織に寄生することが知られています。ヒトに寄生して病原性を示すトリパノソーマは、中南米に広く分布しシャーガス病の原因となっているクルーズトリパノソーマ(Trypanosomacruzi)の他にも、アフリカに生息する2種類が知られています(*1)。

クルーズトリパノソーマを媒介する節足動物は、哺乳動物を吸血する(刺す)カメムシで、“サシガメ”と呼ばれる昆虫の仲間です。中南米には100種近くのサシガメが生息するそうですが、そのうちの1~2割がヒトを刺すことがあり、吸血時に高確率でクルーズトリパノソーマを媒介します。シャーガス病は、母親から胎児へ移る母児感染を除くと、このサシガメによる経皮感染が主要感染経路です。サシガメは、ダニや蚊のように唾液線に病原体を保菌しているわけではなく、サシガメ自身の糞とともに排泄されたトリパノソーマを自身の脚先で踏み、脚先の触れる体中、口器にも付着させてしまうため、吸血時に媒介するのです。サシガメは、土壁や萱ぶき屋根の家に生息することが多く、こうした家で生活する貧困層の人々に感染が多いことから、現地では「貧困層の疾病」とも呼ばれています。

90年代の中南米全体ではシャーガス病感染者が1,000万人に上ると報告され、1998年に開催された第51回国連世界保健総会で、シャーガス病の感染中断(新規の感染者がほとんど発生しなくなる状態)へ向けた対策決議がなされました。日本もJICAを通じて欧米諸国と協力しながら、家屋内のサシガメ駆除や予防教育などに協力しており、こうした活動によって2008年には、グアテマラで感染中断が認定されています。

世界規模での感染症対策を!!

シャーガス病の初期症状は風邪に似ており、感染を見逃すケースが多いのですが、現在シャーガス病に有効な治療薬はこの初期状態でしか効果が無く、進行してしまうと治療法がありません。慢性化した場合は対処療法しか手立てはありませんが、治療を怠ると心筋炎、心臓肥大や新機能低下によって、感染から十数年後に命を落とすケースもあります。日本にはシャーガス病を媒介するサシガメは生息していないので、刺されて感染するようなことは無く、国内では献血製剤以外から感染する可能性はほぼ皆無と考えられています。

今夏のニュースも、献血後に感染が判明した感染者の血液製剤が、8か所の医療機関に供給されていたというものでした。厚生労働省などは、昨年10月から「中南米出身者」や「4週間以上中南米に滞在した者」の献血については、感染の恐れの無い種類の製剤のみ使用するよう対策を強化しており、今後より一層の対策がなされるものと思います。

人類は旅行や仕事で自国以外の国々へ渡る機会が以前と比べて格段と多くなり、今後は世界規模での感染症対策を強化してゆく必要があるでしょう。日本から見ると地球の裏側に位置する中南米ですが、旅客飛行機の進歩によって短時間での移動が可能になりました。日本人に多い海外旅行時の感染症といえば「旅行者下痢症」がありますが、旅行下手の日本人と輸入感染症との関係については、改めてお話しすることにましょう。

(*1)アフリカの中西部にはガンビアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei gambiense)、東南部にはローデシアトリパノソーマ(Trypanosoma brucei rodesiense)が分布しており、ツェツェバエの媒介によって、致命的なアフリカ睡眠病(髄膜脳炎、嗜眠)を起こすことが知られています。