2024
01/05
人獣共通感染症~動物との付き合い方~
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感染症
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 副会長
日本機能水学会 理事
新微生物・感染症講座(11)
はじめに
古来、私たちの祖先は動物を食べるだけでなく、家畜としてあるいは愛玩動物として共存してきました。また、野山に生息するトリ、シカ、イノシシなどの野生動物を狩猟などで捕獲して毛皮や食料としたり、クマ、サルやリスなどによって農作物やヒトが直接被害を受けたりする事例も見受けられます。このように地球上で共存する身近な動物たちですが、私たち人間とはさまざまな点で異なっており、時として直接あるいは間接的に感染症の原因となることがあります。今回は動物から私たちにうつる人獣共通感染症について書きたいと思います。
人獣共通感染症とは?
Zoonosis(ズーノーシス)、人畜共通感染症、動物由来感染症、ペット病などとも呼ばれる人獣共通感染症ですが、世界保健機構(WHO)は、「脊椎動物と人の間で自然に移行するすべての病気又は感染(動物等では病気にならない場合もある)」と定義しています。平たく言えば、動物からヒトへ、ヒトから動物へと伝播する感染症のことで、われわれが知る感染症の約半数を占めています。病原体は、細菌(リケッチア、クラミジアを含む)やウイルスはもちろんのこと、真菌、原虫、蠕虫、プリオンに至るまでさまざまです。感染の原因も、咬まれたり引っ掛かれたり触ったりといった直接的な接触だけでなく、ダニや蚊などの刺咬による媒介、水や土壌などの環境を介して、さらには動物性の食品を媒介して起こります。
家畜と感染症
人獣共通感染症として知られている感染症にインフルエンザがあります。インフルエンザの病原体はウイルスで、もともとは鳥類を終宿主としています。鳥が持っているウイルスが直接的に私たちヒトに感染することも皆無ではありませんが、毎年のように流行を起こすインフルエンザの感染メカニズムとしては、ブタを主とした家畜を介して、ヒトへ感染するタイプへと変異する場合が多いと考えられています。
人類が初めて飼いならした家畜はイヌと考えられており、次いでヒツジ、ヤギ、ブタ、さらにはウシ、ロバ、ウマといった動物が飼育されてきました。これら家畜に常在する微生物の中には、私たちの常在微生物とは異なる種類がいますし、その中には私たちに病原性を示す微生物もいます。イヌやネコの口腔内に常在するパスツレラ菌は、私たちヒトには常在しておらず病原性を示すので、どれだけかわいくてもキスや食器の共用は避けなければいけません。また、消化管に常在する微生物として著名な大腸菌ですが、動物の種類によってタイプが異なるため、他の動物の大腸菌が付着増殖した食品の保存や調理が不適切だと、時として下痢や嘔吐を起こしたり、大腸菌のタイプによっては腸管出血や溶血性尿毒症症候群(HUS)といった重篤な症状を呈したりする場合があります。
気候変動と人獣共通感染症
温暖化や気候変動は、生物の生息域を変化させる可能性があり、これまで日本に生息していない生物や微生物がすみ着く可能性があり、これらと一緒に病原体の侵入が起こり得ることは、想像しやすいのではないでしょうか。
2023年の秋、日本はスーパーエルニーニョ現象や偏西風の蛇行によって、11月になっても夏日が続きました。集中的な降雨の影響もあってか、森林ではドングリなどの木の実が不作で、日本全国でクマの出没、被害が相次ぎ、「アーバンベア(都市部に現れるクマ)」が流行語にも挙げられました。接触した場合の被害が甚大であるため、クマ出没報告を多く目にしましたが、木の実など森林の恩恵を受けている動物はクマだけではありません。当然ながら他の哺乳動物や鳥類も、私たちのすぐそばまでやって来ていたことでしょう。夏は蚊、秋はダニの活動が活発なので、これらが人獣共通感染症を媒介し、流行する可能性も否定できません。
イヌ・ネコと小・中学生はどちらが多い?
少子高齢化が顕著な現在の日本では、子供の人数よりも愛玩動物(ペット)の数の方が多いといわれています。2022年の15歳未満人口は1,450万3千人(総務省統計局)、一方でイヌとネコの推計飼育頭数は、1,589万頭と想定されています(日本ペットフード協会)。ペットを飼う、飼いたいと思う理由として、東京都のアンケートでは3分の2以上の方が、「心を癒やしてくれる」と回答されており、古くからペットを大切な家族として迎えてきたのもうなずけます。一方で、北海道を中心にエキノコックス症(寄生虫)の報告が日本全国で続いたり、2002年と2006年にはオウム病が発生したり、日本では感染事例の無かったQ熱(コクシエラ属細菌)がネコから感染した報告が続くなど、人獣共通感染症の報告も多く見受けられるようになりました。
日本では、人獣共通感染症の海外からの侵入防止対策として、輸入禁止、輸入検疫、輸入届出の3段階の制度を設け、それぞれ対象の動物を定めています。最も厳しい輸入禁止措置が取られている動物には、コウモリ(狂犬病、リッサウイルス、ニパウイルス対策)、ハクビシン、タヌキ、イタチアナグマ(SARS対策)、ヤワゲネズミ(ラッサ熱対策)、プレーリードッグ(ペスト、野兎病)、サル(輸入可能地域を除く、エボラ出血熱、やマールブルグ病対策)があります。
日本は数少ない狂犬病清浄国の一つですが、アジアやアフリカを中心に、現在でも5万人以上の方が命を落としており、イヌだけでなく、ネコ、アライグマ、スカンク、マングース、コウモリなどの哺乳類が重要な媒介動物であることが分かっています。日本では狂犬病予防法に基づいて、全頭登録と毎年の予防接種が義務付けられていますが、近年では予防接種を怠っている飼い主も少なくありません。WHOでは、狂犬病の流行抑制には70%以上の接種率が必要だとしており、周辺国の感染状況を理解して飼い主の責任をしっかりと果たすよう心がけましょう。