2013

10/23

人事異動の季節

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2013年10月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(19)

うつ病の人は「休息がとるのが下手」というより「なかなか疲れに気づきにくい」!?

入社15年。Aさんの場合

多くの会社は年に2回、4月と10月に人事異動があるのではないでしょうか。4月に入社した新入社員も会社に慣れた頃でしょう。先輩や上司が「定期人事異動の季節だなぁ」などとつぶやくのを聞いたりすると、「どんなことが起こるんだろう」などと半分期待して、半分不安に思うことでしょう。この頃では、年に2回の卒業のある国内の大学も増え、海外の9月卒業に合わせ、秋採用を取り入れている企業も増えています。春よりも秋の異動が大きい会社もしばしば見られるようになりました。

9月中旬に内示があり、Aさんは10月1日付で札幌支店に転勤が決まりました。Aさんは入社して15年になります。昨年ウォーターフロントの新築マンションを購入したばかりです。下の娘はまだ幼稚園に入ったばかりですが息子は私立小学校の3年生です。いろいろ家族で話し合いましたが単身赴任をする決心をしました。転勤が決まってから漠然とした不安がありましたが、送迎会や昇進祝いにまぎれ慌ただしく日々が過ぎていきました。9月の最終週の週末に引っ越しましたが、日曜日の夜には「学校があるから」とAさんを残して早々に家族は帰京しました。

本社では総務人事の仕事でしたが、札幌支店ではジェネラルマネージャーとして営業部隊を統括することになりました。業務内容は本社時代と大きく変わりませんが、営業部隊の常として数字を任されることになりました。歓迎会で「前半期の業績が昨年同時期より2割方減少しているので、頑張って欲しい」と支店長から激励され、プレッシャーを感じ少し動悸がしてしまいました。着任して1、2週間は挨拶回りやら歓迎会やら息つく暇もありませんでした。少し落ち着いて自分の机に座るようになった10月末に、下半期の1カ月目の業績を確認すると、昨年度よりも大きく割り込んでいるではないですか。営業経験のないAさんは、途方に暮れる思いでした。部下に「自分は営業経験がないので、よく分からない。通常こういう時にはどういう風な手を打ったらいいんだろうか」などとヒアリングを繰り返していたある日、部下同士が「まいっちゃうよ。GMが自分は知らないっていうんだよ」とこぼしているのを立ち聞いてしまいました。自宅に帰り、あれこれ考え始めると眠れません。11月末には明らかに痩せて、周囲の人から何か病気ではないかと心配されるようになりました。

うつ病は高血圧などの生活習慣病に似ている

転勤や昇進の後にうつ病に罹る人が多いと言われます。環境の変化や仕事内容の変化、立場の変化など様々な変化に心と体がついていけないと悲鳴をあげるようです。「引っ越しうつ病」とか「昇進うつ病」などとニックネームがついています。Aさんのように、きっかけになる出来事が思い浮かぶ方もいらっしゃいますが、ただ転居しただけ、ただ昇進しただけ、新しい場所に住む、新しいポストに着任する、その変化だけで何もマイナスの負荷がない状態でも人は抑うつ的になることがあります。2日続けて眠れなかったら、1週間に500g以上痩せることが2週間続いたら、もしかしたらうつかもしれない、頭痛や下痢、息苦しさなどのいわゆる不定愁訴と言われる身体症状が1カ月以上続いたら、もしかしたらうつかもしれない。

うつ病はこころの風邪とよくいわれますが、むしろ高血圧などの生活習慣病に似ています。脳内の神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンのバランスが取れなくなるのです。つらい出来事や悲しい出来事がうつ病の引き金とは限りません。むしろ喜ぶべきことや楽しい驚きがうつ病の引き金になることもあります。変化に合わせることが難しくなり、脳内の神経伝達物質のバランスが失われるのです。バランスを取り戻すためには休息が大事です。うつ病に罹る人々は、休息を取るのが下手だとよくいわれます。外来でうつ病の方にお会いして感じるのは、「休息がとるのが下手」というより「なかなか疲れに気付きにくい」という印象です。今ここでの疲れに気付かず、しばしば「ねばならない」と頑張ってしまわれます。

Aさんは、つらい2カ月を過ごし、正月休みで帰った自宅で奥さんに「あなた、病気だと思う」と言われ、妻に連れられ病院に受診しました。Aさんは病気であることに気付かなかったのです。すっかり寒くなりました。皆さんご自愛くださいますよう。