2019

01/07

不妊治療による出生が20人に1人の時代

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2019年1月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(51)

見過ごされることの多い高齢出産に伴うメンタル不調

メンタルヘルスの外来では、生殖補助医療に関わるメンタル不調で受診する方にお会いするのが珍しくなくなりつつあります。日本産科婦人科学会のデータによると、生殖補助医療による出生(ART出生)は近年著しく増加しており、2014年には全出生数の4.72%と、20人に1人の子どもが人工受精、体外受精によって産まれてきています。妊娠中、周産期にまつわるマタニティブルーや、産後うつ病は決して珍しくありませんが、高齢出産に伴って、それらの抑うつ症状が出現した時には、社会的に成熟している方が多いので、保健師訪問や妊婦定期健診で見過ごされることが多いような気がします。

Aさんは大学院卒業後、同級生同士で結婚しました。結婚後も、キャリアウーマンとして専門性を活かして働いていました。やはり専門職である夫とともに深夜まで働き、休暇には2人で海外旅行をするDINKSを謳歌していました。夫が管理職になり、転勤することになった時、ずいぶんと迷いましたが、30代半ばになっていたこともあり、退職、挙児を夫婦で相談して決めました。1年たっても妊娠の気配はなく、不妊治療専門病院を受診することを決心しました。受診先には不妊カウンセラーがいて、安心して不妊治療を開始することができました。不妊の理由の大部分が夫にあることが分かり、体外受精および顕微受精が行われることになりました。説明を聞いて、何だかホッとして、力が抜けたのを覚えています。カウンセラーから助成金の説明も受け、安心して治療に取り組みました。3回目に受精し、受精卵は順調に体内で成長し、間もなくつわりが始まりました。当時は、つわりのつらさよりも妊娠した喜びの方が勝っていました。30代半ばを過ぎた年齢でしたので、出産への一抹の不安はありましたが、落ち込むほどではありませんでした。出産も順調でした。

出産後、地域の保健師さんが訪問してくれた時には、保健師さんも出産したばかりと聞いて、親近感を覚え、2人で笑い合いました。子どもの成長は順調で、母乳が出ないことが気掛かりでしたが、夫はむしろ「平等に育児に参加できる」と、夜間の授乳も喜んで手伝ってくれました。保健師さんの訪問から1カ月過ぎた頃に、ふっと「保健師さんはずいぶん若かった」と思い出しました。「子どもが幼稚園に通うようになったら、自分は他のお母さんと同じように走れるのだろうか。ゲームに一緒に参加できるのだろうか。子どもはお母さんがおばあちゃんみたいだと馬鹿にされてしまうのではないだろうか」と急に不安が湧いてきました。高齢出産のために子どもがいじめを受けたり、馬鹿にされるに違いないと確信し、落ち込んでしまいました。夫に話しても、そんなことはないと一笑に付されるばかりです。結婚してから10年もの間、出産を延ばしてきたことが、後悔されてなりません。深夜に帰宅する夫に、「どうして早く仕事を辞めて、子どもを産めと言わなかったのか」などと眠らず責め立てる毎日が続き、夫の強い勧めでメンタルヘルス外来を受診することになりました。

受診先では、医師は診察を開始してまもなく、「子どもは死んでしまった方が幸せだと思ったりしませんか」と尋ねました。涙が溢れ出て、「その通りです」と答えました。傍らの夫はびっくりするばかりでした。医師は、母子心中の危険を夫に伝え、双方の実家からの支援を手配できるか、保健所などから支援を依頼できるか、など社会的資源の確認と、万一の場合の入院の手配をしました。

現代社会で必要なメンタル面への支援

不妊治療によるメンタル不調は、一般的な妊娠・出産より高いといわれています。現代は20人の子どものうち、1人が不妊治療で産まれる時代です。不妊治療の中心の世代は35歳から45歳です。社会的には成熟しており、保健師訪問や定期健診では社会的体面を取り繕うことができてしまいます。しかし、不妊治療自体、金銭面でも体力面でも負担が大きく、メンタル面のストレスは大きいものがあります。やっと妊娠しても、ホルモンの変化によるメンタル不調のリスクがあります。不妊治療の現場には不妊カウンセラーがいますが、妊娠・出産後まではケアしません。

妊娠・出産は、母体にとっても子どもにとっても高齢ではリスクを伴います。女性のライフコースが変化し、男女ともに高学歴での就労が当然とされる現代日本の中では、高齢出産へのメンタル面への支援を充実していくことが望まれます。

 

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