2017

05/15

万全の設備とスタッフで地域医療を支える

  • 僻地・離島医療

  • 長崎県

長崎県西部の東シナ海上に浮かぶ五島列島は、約80kmの海域に大小合わせて140あまりの島々が浮かぶ。これらの島は五島市、南松浦郡新上五島町、北松浦郡小値賀町、佐世保市の4市町に区分されており、中でも最も面積が大きく、人口が多い福江島を擁するのが五島市だ。今回ご紹介する長崎県五島中央病院は、この五島市全域をカバーする中核病院。地上6階建ての建物に16の診療科を備え、離島の医療施設としては恵まれた環境の中、地域の医療を支えている。

ドクターズプラザ2017年5月号掲載

僻地・離島医療(7)長崎県五島中央病院

温暖な気候と優しい島民性の中、実習生・研修生の受け入れ態勢も充実

離島医療施設としては恵まれた充実した人材と医療設備

――最初に、長崎県五島中央病院の成り立ちについて教えてください。

村瀬 病院の前身は明治10年に、今の新上五島町を含む南松浦郡の20町村(当時)が設立した郡立病院です。終戦後の1946年からは南松浦郡総町村組合公立五島病院として運営され、1964年には日本赤十字社長崎県支部五島赤十字病院と統合し、五島病院と名称を変更して改めて発足。4年後の1968年に長崎県離島医療圏組合五島中央病院という名称になりました。2002年2月には移転新築により新五島中央病院となり、その年に天皇・皇后両陛下の行幸啓を賜っています。

2009年4月、長崎県と五島市、島原市、南島原市、雲仙市、新上五島町、対馬市の1県5市1町によって構成される長崎県病院企業団が発足して経営を担うようになったのに伴い、現在の長崎県五島中央病院に改称。地上6階建ての建物に病床数304床を擁し、内科、精神科、神経内科、小児科、外科、整形外科など16の診療科を備えるほか、救急医療、洋上救急にも対応するなど、五島地域の中核病院として機能しています。

――五島市内の医療施設はどれくらいあるのですか。

村瀬 当院を含めて病院は4カ所あり、合計508床。その中で急性期を扱っているのは当院1カ所だけで、ほかの病院は慢性期の患者さんが中心となっています。さらに、有床の診療所が12カ所、無床の診療所が31カ所あって、これらで五島市全域をカバーしている状態です。

――五島列島内の医療施設の分布としては。

村瀬 人口3万7775人(平成29年3月31日現在)で一番規模の大きい福江島に、多くの病院や診療所は集中しています。病床数が一番多い当院のほかに、100床規模のカトリック系の病院が1カ所、さらに50床規模の病院が2カ所あります。

福江島に次いで人口が多い奈留島には、五島中央病院附属の有床診療所である奈留医療センターがあります。ここはもともと長崎県奈留病院という名称でしたが、2014年1月に有床診療所化し、当院の附属診療所となりました。さらに久賀島、椛島に五島市立の診療所が1カ所ずつあります。これらの有人島以外にも、人口100人以下の有人離島が点在しているので、市立診療所の先生方が定期的に巡回しています。

――離島やへき地医療においては、医師や看護師などの人材不足という問題を抱える医療施設が少なくありません。五島中央病院ではいかがでしょうか。

村瀬 以前は人材が不足していた時期があったようですが、最近はかなり改善されています。私自身もそうですが、当院の医師は長崎大学の医局から安定的に派遣されており、常に万全の態勢が取られています。若い医師は1〜2年くらいで入れ替わりますが、ベテラン医師の中には10年以上、ここで働いている人もいますよ。離島の病院の中でも比較的待遇が良く、働きやすい環境にあると思います。

看護師さんについても、以前は人材確保が難しかったようですが、奨学金制度を復活させたり、Uターン人材を確保したりすることで、かなり改善されました。現在当院で働いている看護師さんの多くは、地元出身でUターン就職した人か、結婚してこちらに来た人が多いようです。

――他地域の離島病院と比べて診察科目が多いのも、人材がしっかり確保できているからなのですね。

村瀬 当院には脳外科の常勤医師がおらず、毎週金曜日に長崎医療センターからの応援医による診察を行っていますが、それ以外の診療科目は一通り対応しています。前述のように市内の医療機関で急性期を扱うのは当院だけなので、救急搬送の患者なども全て当院で対応します。常時2人の医師が当直体制で待機しており、さらに緊急の場合には当番制で担当者が駆け付けて対応します。

例えば消化管での出血がみられた場合、まずは内科が対応して、次に放射線科が血管治療などで対応。それでもだめなら外科に回して開腹手術などをして対応します。ある程度の症例なら、当院内で全て治療を完結できるのが強みです。もちろんどうしても当院で対応できない患者さんは、画像伝送システムなどの救急医療システムを活用して二次・三次救急医療機関へ搬送するなど、病院連携、病診連携を密にしています。人材とともに設備も充実しており、医療レベルは非常に高いと言えるでしょう。本土にある小さな病院よりも、体制が整っていると言っても過言ではありません。実際、長崎大学医学部学の医学実習生を受け入れたり、長崎県立五島高等学校衛生看護科の講義・実習に協力したりするなど”教育病院‶としても位置付けられています。

――一般的な地域医療のイメージとは大きく違いますね。

村瀬 確かに、ここで働く私たち自身も、“地域医療に携わっている”という意識はあまりないかもしれませんね。ですから当院に来る実習生は、ここで急性期の専門医療を学んだ後に、あえて市内の小規模な診療所に行くことが多いです。そこで初めて、地域医療の実態を学ぶことになります。そもそも地域医療というのは、文字通り地域によって全く実態が異なり、需要も違ってきます。それを学ぶことが、実習生にとっては重要なのです。

小規模の診療所では、一人の医師が専門以外のことも全て診なければいけませんからね。総合医療を体験するという意味で、研修学生にとっては貴重な経験となります。とはいえ、当院も都会の大病院に比べれば規模は小さいので、一人の医師が専門外を受け持つケースは多いです。私は消化器科が専門なのですが、脳神経外科の患者さんを診ることもあります。内科では珍しい症例もたくさん診てきました。

研修学生や若手医師に対しては、先輩指導医がしっかり指導し、技術も学べます。例えば消化器科なら消化器の検査や入院患者の診察など、循環器科なら心臓カテーテルのテクニックなど、非常に高いレベルでスキルアップができる環境になっています。

また当院には、長崎大学内にある離島医療研究所の分室があり、そこで学生実習なども行っています。教官2人が常勤するほか、長崎大学の教授も週に2日程度やってきて、実習生の指導をしています。この研究所では年1回、長崎大学以外の医学生や看護学生、福祉関係の学生を広く募って、2泊3日でセミナーを実施しています。もう何年も前から継続されていて、毎回50人以上の参加者があります。

近年の医療界ではチーム医療が重視されているので、研修学生のころからさまざまな職種の人間と一緒に勉強し、行動することで、チームとして働く上での経験を培ってもらうという狙いもあります。

観光シーズンは賑わいを見せるも進行する五島市内の高齢化

――五島列島における医療の特徴について教えてください。

村瀬 他の離島やへき地と同様、五島列島でも高齢化が進んでいます。五島市全体の高齢化率は37%。有人離島の中には高齢化率100%のところもあります。市内に職種が少なく、農業や漁業といった第一次産業を除けば、医療施設や福祉施設が目立つ程度。そのため、若い人たちはみんな本土に行って就職してしまい、市内には独居高齢者や高齢の夫婦世帯が多いことも、地域が抱える大きな問題の一つです。そうした高齢の住民が重い病気にかかった時には、子どもをすぐに呼び寄せることができません。そうした理由から、本土の病院に移る患者さんも少なくありません。

――五島列島で盛んな産業というと、やはり農業や漁業ということになるのでしょうか。

村瀬 そうですね。農業では高菜の生産量が長崎県内で最も多いほか、ジャガイモやお米、珍しい葉タバコの生産地としても知られています。漁業ではイカ、ブリ、タイなどが採れるほか、マグロの畜養も盛んに行われています。

――海女漁が盛んな離島もありましたが、五島列島ではいかがですか。

村瀬 この辺りは海女の集落はありませんね。五島列島からさらに北上したところにある対馬列島では海女漁が盛んですが、私が聞いた話では、海女たちは朝鮮半島などからの密航者を見張る、いわば国境警備の役割もあったのだそうです。その点、東シナ海に面した五島列島は外国からの密航者もほとんどないため、海女漁が発達しなかったのかもしれませんね。

――その他の産業としては。

村瀬 他の離島と同様、観光業にも力を入れています。当院のある福江島は福岡から飛行機で40分、長崎からなら飛行機で20分、ジェットフォイルでも1時間30分ほどで来ることができ、離島としては交通の便に恵まれています。東京などから、福岡や長崎経由で観光に訪れる人も多いですよ。外国人旅行者はまだあまり多くありませんが、今後、このエリアが世界遺産などに登録されれば、増えてくるかもしれませんね。

――そうした観光客の病気やケガなどへの対応も多いのではないですか。

村瀬 五島列島ではスポーツイベントが盛んで、多くの参加者や見物客が訪れます。中でも有名なのが、毎年6月に開催される国際トライアスロン大会で、われわれ医師たちもケガ人や急病人への対応を行っています。多くの場合は簡単な一次対応で済みますが、毎年3人くらい、入院する人も出てきます。

また近年は、透析治療を受けている旅行者の対応をすることがあります。ご本人がかかっている医療機関から、地域連携室を通じて当院に連絡があり、普段の透析方法や患者さんの状態など、事前に情報をやりとりした上で、旅行に来た患者さんを当院で受け入れ、透析を行うというケースもあります。

――先ほど、この地域の産業などについてお聞きしましたが、この地域特有の症例などはありますか。

村瀬 以前は風土病のようなものもありましたが、衛生状態の改善や医療機関の指導などによって、今はほとんどなくなりましたね。例えば以前は、西日本の海岸線付近だけで発症する、成人T細胞型白血病という特殊な病気がありました。これは主に母乳を通して母親から子どもに母子感染する病気だったのですが、20年ほど前から妊婦さんの健診を強化し、感染者は子どもに授乳させないよう指導を徹底したので、今では小児に感染する症例はほとんどありません。

このエリアは海や山での事故も特に多くはありませんし、交通事故などもほとんど発生しないですね。そんな中で珍しいケースとしては、洋上救急が挙げられます。東シナ海を航行する外国船で急病人などが出た時、ドクターヘリを出動させて当院まで搬送。当院で対応しきれない場合は、長崎まで搬送することもあります。

――ドクターヘリが出動する頻度はどれくらいですか。

村瀬 昨年実績で93件の出動がありましたが、ここ数年の年間平均は70件前後くらいでしょうか。先述のように、当院では脳外科の常勤医師が下出血といった脳外科関連の患者さんの搬送となります。ドクターヘリは到着までの時間が早く、専従の医師が同乗しているのでわれわれが付いて行く必要もありません。ただ、長崎県内全域をカバーしているので、要請が重なるケースもあり、そういう時には防災ヘリや自衛隊ヘリを利用しています。

――村瀬先生が医療の道を志すよう他の離島では、台風などで船が欠航し、物資が不足するケースもあるようです。福江島ではどうですか。

村瀬 悪天候で船が欠航することはよくありますが、そんな時でも飛行機は割と普通に運行しています。台風など、よほどの悪天候でない限り、飛行機が2日連続で欠航することはないですね。

万が一欠航が続いたとしても、食料品は地産のものも多いですし、モノがなくなるということはありません。もちろん、薬品や医療器具などのストックも十分に用意しています。ただ、他の二次離島の中には、悪天候で3日間くらい船が通らない島もあるので、そうした島では常に備蓄は怠りません。

外部からの移住者に寛容な島民性。患者さんとは適度な距離感を心掛ける

――村瀬先生が医療の道を志すようになったきっかけは。

村瀬 私は対馬で生まれ育ったのですが、近くの診療所まで歩いて1時間近くかかるような、医療面では恵まれていない地域だったので、将来は地域医療に貢献したいという気持ちは昔からありました。中学を卒業して長崎の高校に進学したころ、自分の将来を考え始めた時に、医師になるという具体的な目標ができました。その後、長崎大学の医学部に入学したのです。

――専門として消化器内科を選んだのはなぜですか。

村瀬 いずれは地元・対馬に戻って開業しようと考えた時に、一番臨床で役に立ち、開業に有利なのが消化器内科だと考えました。ところが大学の医局の事情で留学するなど、予想外に長い期間、大学で研究診療を続けることになりました。15年ほど前にようやく対馬に戻ることができ、地元の病院の院長に就いて地域医療に携わることができたのですが、やはり大学の医局の事情で、2年前に当院の院長のポストが空いたので、福江島にやってきたのです。

――いま、ご家族はどちらに住んでいるのですか。

村瀬 子どもが通う学校などの事情もあり、家族は長崎に住んでいて、私は単身赴任です。当院のスタッフは、単身赴任の人が結構多いですよ。

――赴任して2年とのことですが、島の生活には馴染めましたか。

村瀬 物価も高くないですし、とても住みやすいですよ。五島列島の住民は、外部からの移住者に対してとても寛容で、人間的にも懐が深い人が多いのです。他の地域の離島では、ともすれば住民が閉鎖的になりがちで、外部からの移住者がなかなか馴染めないということもあるようですが、五島列島の住民はそのようなことはありません。私のような単身赴任者にも本当に親切にしてくれます。そのせいか、私の周りにも単身赴任や転勤族は多いですよ。

協調性もありますし、医療に対する理解度も深い。総じて“文化度が高い”というのが、2年間暮らしてきた私の感想です。

――離島のような狭いエリアでは、住民と医師との距離が近くなり過ぎて、メリットもあるがデメリットもある、という話をよく耳にします。

村瀬 五島列島においては、距離が近過ぎると感じることは少ないですね。医師の立場からすると、住民との適切な距離を保つバランス感覚も重要となります。例えば高齢の患者さんに対して、つい親しみを込めて「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼び掛けてしまうと、ご家族から「ちゃんと名前で呼んでください」とお叱りをいただくこともあります。先ほど言ったように“文化度が高い”ということは考え方も洗練されているので、医師と住民が変な馴れ合い関係になることもありません。

とはいえ、患者さんに対して、本土の病院にはない配慮が必要となるケースもあります。例えば運行本数が少ない路線バスを乗り継いで診察に来られた高齢の患者さんに対しては、「次のバスは○時○分ですよ」などとお声掛けをしてあげるように心掛けています。

――今後のご予定は。

村瀬 大学の医局からどんな指示が来るか分かりませんが、おそらくこのまま定年まで当院にいるのではないかと思います。

――最後に若い医師や医療系学生など、地域医療に興味のある方に一言、お願いします。

村瀬 若い時の経験で無駄になるものはありません。一見して現在の自分には役に立たないのではと思えることでも、将来環境が変わればきっと形で役に立つ時が来るでしょう。若い時は何でも嫌がらずチャレンジしてください。

 

●名称/長崎県五島中央病院
●所在地/〒853-0031 長崎県五島市吉久木町205番地
●施設/地上6階建て
●延床面積/20.588.34㎡
●診療科目/内科、精神科、神経内科、小児科、外科、整形外科、眼科、耳鼻咽喉科、皮膚科、泌尿器科、放射線科、脳神経外科、循環器内科、リハビリテーション科、産婦人科、消化器内科
●病床数/304床(一般230床、結核10床、精神30床、感染症4床)
●開設年月日/2009年4月