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ボツリヌス

感染症

内藤 博敬
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
ドクターズプラザ2015年9月号掲載

微生物・感染症講座(48)

食中毒菌を治療に活かす

はじめに

いつまでも若々しく健康でありたいと思いますよね。生物には寿命があり、人間も年齢を重ねるごとに肉体が衰えて行きます。近年、この肉体の機能的な衰え(老化)や、その原因を抑制するような治療法として、抗老化医学に期待が寄せられています。一般的には「アンチエイジング」と呼ばれ、特に美容外科領域ではシワやタルミなどの対策が盛んに行われていますよね。このシワやタルミ対策に、ボツリヌス菌という食中毒を起こす細菌の毒素が用いられていることを御存知でしょうか? 今回はこのボツリヌス菌を紹介していきましょう。

ボツリヌス菌は毒素型食中毒の代表

食中毒事情の変化は激しいものの、細菌性の食中毒が「高温多湿」となる梅雨から秋雨までの間に多く発生することは、今も昔も変わりありません。そこで人類は、冷凍、冷蔵、缶詰や真空パックといった保存法を発達させてきました。ところが、低温に強い微生物は冷蔵庫の中でも繁殖しますし、増殖に酸素を必要としない嫌気性微生物は缶詰や真空パックであっても繁殖する可能性があります。ボツリヌス菌はこの嫌気性細菌であり、さらに劣悪環境でも生き抜くための芽胞を形成する細菌で、破傷風菌やガス壊疽菌と同じクロスタリジウム属の仲間です。ボツリヌス菌が食中毒菌として広く知れ渡ったのは、昭和59年に熊本で起きた真空パックの辛子蓮根を原因とする食中毒事件でしょう。13都県に31名の患者を数え、そのうち9名が亡くなるという大事件でした(注1)。

近年では、平成18年に宮城県で井戸水を原因とした事例が、翌19年には岩手県で鮎いずしを原因とする事例が報告されています。ボツリヌス菌はもともと土壌細菌で、自然界に広く分布しています。ボツリヌス菌による食中毒は、食品の中で発芽、増殖する際に排出される毒素によって起こる毒素型食中毒で、そのタイプ(型)にはA〜Gまであり、A・B・E・Fの四つの型がヒトに食中毒を起こします。日本では、A型、B型と比べてやや毒性の弱いE型を原因とする食中毒が多く報告されています。前述の岩手県の事例はE型によるもの、熊本県の事例はA型です。摂取から発症までの期間は10〜20時間と比較的短く、短いほど死亡率が高いとされています。ボツリヌス中毒の症状は、筋肉の弛緩性麻痺を引き起こし、複視、嚥下困難や呼吸麻痺を来します。ボツリヌス毒素は比較的熱に弱く、80℃・30分の加熱で失活するので、食品を十分に加熱することで、しっかりと予防しましょう。

ボツリヌス菌が産生した毒素を摂取することでボツリヌス中毒は起こりますが、ボツリヌス菌自体が感染する場合もあります。乳児ボツリヌス症は、ボツリヌス芽胞が乳児の腸管に入り、腸管内で発芽、増殖して産生された毒素によって中毒を起こす疾患で、前述の井戸水の事例やハチミツに芽胞が混入していた事例が報告されています。1歳以上のヒト腸管にボツリヌス菌が数カ月間定着して毒素を産生し続ける場合は、成人腸管定着ボツリヌス症と呼ばれます。また、傷口から大量のボツリヌス菌が入った場合には嫌気条件で菌が増殖し、創傷ボツリヌス症を引き起こすことも希にあります。

毒を持って感染症を制す

ボツリヌス毒素は、筋肉に力が入らず動かなくなる弛緩性麻痺を引き起こします。筋肉の麻痺にはもう一つ、筋肉が突っ張ったまま動かなくなる痙性麻痺があり、ボツリヌス毒素はこの治療に使われています。また、ボツリヌス毒素は発汗を抑制する作用が報告されており、多汗症の治療にも使われています(注2)。眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、痙性斜頸、上肢痙縮、下肢痙縮、2歳以上の小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足および重度の原発性腋窩多汗症の治療についてはこれまでに保険適用が認められており、今年の6月26日には新たに斜視の治療が追加承認されました(注3)。

『薬が毒になり、毒が薬になる』我々人間は、微生物に限らずいわゆる「毒」と呼ばれるモノを研究して「薬」としてきました。また、生物兵器等の材料としても使用される危険があるため、ボツリヌス菌や毒素の管理には厳しいルールが課せられています。何事も、逆転の発想と、加減・塩梅の見極めが大切だということを肝に銘じておきたいですね。

 

(注1)疑いのある患者を含めると、さらに15県で36名の患者、うち11名の死亡者を出しています。

(注2)ボツリヌス毒素は神経と汗腺の接合部におけるアセチルコリンの放出を阻害することで発汗を抑制します。効果の持続期間には個人差があります。

(注3)2009年に国内でのA型ボツリヌス毒素製剤の製造販売が承認され、これらの疾患に使用できるようになりました。保険適用外のシワ取りなどは患者の同意のもとに行われる自由診療です。

 

 

ドクターズプラザ2015年9月号掲載

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