2013
01/25
ノロウイルス感染症
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感染症
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静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。
ドクターズプラザ2013年1月号掲載
微生物・感染症講座(25)
感染性胃腸炎とウイルス性食中毒
はじめに
呼吸器系に感染するインフルエンザと並んで、冬の代表的な感染症に感染性胃腸炎があります。この冬も2012年11月中旬から患者が急増し、新年を迎えてからも2次・3次の感染ピークが懸念されています。冬季に報告される感染性胃腸炎の大多数は、食中毒の原因にもなる“ノロウイルス”の感染によって起きていることは御存知でしょう。今回は、感染性胃腸炎について、言葉の整理をしながらお話していきましょう。
感染性胃腸炎の全てがノロウイルス感染症ではない!?
病原微生物の感染によって、吐き気、嘔吐、下痢を主症状とし、脱水、電解質喪失症状、発熱などの全身症状が加わる疾患を『感染性胃腸炎』と呼び、感染症法で五類感染症に分類されています。感染性胃腸炎の原因となる病原微生物は、冬~春にかけて発症するノロウイルス、小児下痢症の原因となるロタウイルス(*1)、乳幼児に腸炎を起こすサポウイルス、季節に関係無く発症するアデノウイルスやエンテロウイルスなど、その大半がウイルス感染に起因していると推測されています。しかし、広義にはサルモネラ属や腸炎ビブリオといった細菌によって起こる細菌性食中毒も含まれます。すなわち『感染性胃腸炎』とは、様々な病原微生物を原因とする症候群の総称なのです。
感染性胃腸炎は症状を呈する期間が比較的短く、原因ウイルスを特定する検査は行わず、流行状況や症状から「感染性胃腸炎」と診断されることがあります。治療も原因ウイルスに対する特別な方法はではなく、症状を緩和する対処療法を行います。
ノロウイルスによるウイルス性食中毒と感染性胃腸炎
ノロウイルスの感染は二枚貝などの喫食を原因にすることが広く知られているため、ウイルス性食中毒とも混同されることが少なくありません。ノロウイルスを原因とする感染性胃腸炎とウイルス性食中毒の違いは、感染源にあります。ヒトからヒトへノロウイルス感染症が伝染すれば『感染性胃腸炎』として、食品を介して感染が起これば『ウイルス性食中毒(食品衛生法)』として扱われます。また、感染性胃腸炎の集団発生では、ノロウイルスを原因とする事例が多いと考えられていることから、感染性胃腸炎とノロウイルス感染症を同義に捉えてしまいがちです。ノロウイルスは感染性胃腸炎の原因の一つでしかありませんが、その大半を占めていることも事実です。そのため、日本では「ノロウイルスに感染した」と言えば感染性胃腸炎のことだと通じます。しかし、海外では感染性胃腸炎の英名を短縮して「ガストロ(Infectious gastroenteritis)」と呼んでいるため、受診時にノロウイルス感染症を訴えても通じないことがあるので御注意を。
ノロウイルス感染症は、1968年に米国オハイオ州のノーウォークにある小学校での集団感染時に発見された新興感染症です。土地の名前からノーウォークウイルスと名付けられ、電子顕微鏡による検鏡像から“小型球形ウイルス”とも呼ばれていました。その後世界各地で同様のウイルスが見つかり、それぞれの地名を付けたウイルスが多数報告されると、これらを“ノーウォーク様ウイルス”あるいは“ヒトカリシウイルス”と呼ぶようになり、2002年に国際ウイルス学会でこれらの属名としてNorovirusが定められました。ノロウイルスの潜伏期間は1~2日で前述の症状を呈し、治療は対処療法となり、点滴や水分補給による脱水対策が最も重要となります。症状は1~数日で消失しますが(感染しても症状が出ない場合もある)、ウイルスは糞便中に数週間にわたって排泄されるため、糞口感染や接触からの経口感染といった“ヒト―ヒト感染”には、特に注意が必要です。また、嘔吐物や下痢便を介した飛沫感染や塵埃(じんあい)感染(*2)も意識する必要があります。ノロウイルスは、エンベロープと呼ばれる外膜を持たない構造から、エタノールよりもの次亜塩素酸系の消毒薬が有効であり、嘔吐物等の処理や消毒に用いられます。ノロウイルスの感染予防は何よりも流水・石けんによる手洗いの励行です。水の冷たい冬ですが、手洗いを習慣付けて、しっかりと感染対策をしましょう。
(*1)A群ロタウイルス腸炎は1月初旬頃からに乳幼児で流行する感染症で、重傷化することも少なくありません。特に1才以下の乳児は症状の進行が早く、「乳児嘔吐下痢症」と呼ばれます。予防にはワクチン接種が有効で、日本でも2011年11月よりロタウイルスワクチンが認可されました。
(*2)空気感染に分類される感染経路で、床、家具、衣類などに付着した病原体が乾燥等の大気条件に強いタイプだった場合、ほこりとして吸い込むことによって感染を引き起こすことがあります。