2017

05/15

ネコひっかき病

  • 感染症

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内藤 博敬
『微生物・感染症講座』
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2017年5月号掲載

微生物・感染症講座(58)

はじめに

私たちは古くから人間以外の動物と生活を共にしてきました。現代では家畜やペット(愛玩動物)としてだけでなく、アニマルセラピーとして私たちの健康に役立てる需要も高まっています。また、街中でネコカフやウサギカフェといった看板を目にすることも増えてきました。このように私たちに癒しを与えてくれる動物ですが、人獣共通感染症の媒介者となることもあります。これまでにも高病原性トリインフルエンザや狂犬病など動物の名前が付いた人獣共通感染症を紹介してきましたが、今回は「ネコ」の名前が入った感染症、「ネコひっかき病」についてご紹介しましょう。

ネコひっかき病の病原体はネコにも感染する!?

ネコひっかき病は、その名の通りネコに引っかかれることで感染することがある感染症です。原因となる微生物は、バルトネラ・ヘンゼレと呼ばれる細菌です。ネコひっかき病は1950年にフランスで報告された感染症ですが、原因菌が見つかったのは1990年代になってからのことで、HIV(エイズウイルス)陽性者から分離されました。バルトネラ・ヘンゼレがヒトに感染すると、免疫正常者ではネコひっかき病を起こしますが、HIV陽性者などの免疫不全者には皮膚の血管腫(注1)を引き起こすのです。

バルトネラ・ヘンゼレ感染症なのに、ネコひっかき病と呼ばれるのは、ネコにとって不名誉なことですね。実は、ネコにとってもバルトネラ・ヘンゼレは病原微生物であり、決して共生している常在菌ではありません。とはいえ、ネコが自然界でバルトネラ・ヘンゼレに感染しても、ほとんどが症状を現さない不顕性感染です。自然界でのネコへの感染は、ネコノミが媒介すると考えられています。ネコノミが寄生したネコは、グルーミングによってネコノミの排泄物を牙や爪に付着させます。ネコノミがバルトネラ・ヘンゼレを保菌していれば、牙や爪が汚染されるので、ヒトは引っかかれたり、咬まれたりすることで感染する可能性があるのです。

ヒトへの感染は、ネコだけでなくイヌからの感染も報告されています。ヒトでの潜伏期間は数日〜3週間(平均2週間半)ほどで、傷を受けた部分が虫に刺された様になり、やがて丘疹から水疱へと発展し、場合によっては化膿したり潰瘍となることもあります。その後、1〜2週間ほどすると、頚部、腋窩部、鼠径部のリンパ節が腫脹するリンパ節炎へと進展します。リンパ節炎は痛みを伴い、発熱、悪寒、倦怠感などの症状を伴いますが、数週間〜数カ月(平均1カ月半)で治癒します(注2)。治療にはアジスロマイシン等の抗生物質が用いられます。また、一部の感染者では、心内膜炎やパリノー症候群(耳付近のリンパ節炎)、脳炎なども報告されていますが、ほとんどの場合が後遺症無く、完治します。

ネコひっかき病は夏だけでなく冬も要注意!!

細菌感染症は気温の高い時期に流行するものが多く、ネコひっかき病も夏場の感染には注意が必要です。ネコノミの繁殖期も夏場なので、初夏から秋口にかけてペットのノミ対策が大切です。ネコノミは通常ネコに寄生しますが、ヒトに対するネコノミの吸血によるバルトネラ・ヘンゼレ感染症の報告も極稀にあります。ネコからのヒトへの感染は、夏場だけでなく秋から冬にかけても気を付けなければなりません。夏場に屋外でネコノミに寄生されてバルトネラ・ヘンゼレを保菌したネコは、秋口に寒くなると室内で過ごす時間が増えます。ヒトとの接触も増えるので、引っかかれたり咬まれたりしないように注意が必要です。

また、ネコの出産時期は春から夏にかけてであり、子猫は同じく生まれたばかりのネコノミにとって格好の寄生相手となります。躾の不十分な子猫との接触では、引っかかれたり咬まれたりすることも多々あることでしょう。この子猫をペットとして飼育し始めるのは秋口から初冬になりますから、ネコひっかき病は初夏から冬に入るまで気を付ける必要があります。ネコでお話をしていますが、前述の通りイヌでも感染しますので、イヌを飼われている方も同様に注意してください。

 

(注1)
上皮様血管腫症は、血液が充満した嚢腫を形成する、血管増殖性疾患です。見た目は、小胞状あるいは嚢胞状で、紫色を呈することもあります。この嚢腫が組織にまで及ぶと、細菌性肝臓紫斑病や脾臓性紫斑病になります。

(注2)

参考文献:吉田博、草場信秀、佐田通夫:ネコひっかき病の臨床的検討学雑誌 84 :292-295(2010)