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ニパウイルス

感染症

内藤 博敬
『微生物・感染症講座』連載
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。
静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
ドクターズプラザ2018年9月号掲載

微生物・感染症講座(65)

はじめに

今年のゴールデンウィーク前後に、沖縄から愛知県や首都圏へ麻しん(※1)が伝播し、注意警鐘がなされました。現在は終息に向かっていますが、交通手段の発達に伴って、感染症も地域を越え、国を越えて襲ってくることを感じる出来事でした。そんな中で世界の感染症状況を気にしていたところ、5月の中旬にインドからニパウイルス感染の報告がありました。6月1日までに17名が死亡、18名の感染者が確認されています。世界保健機構(WHO)のホームページでも、エボラウイルス(※2)に次いで注目を集めるニパウイルスですが、日本では報道されることがありません。今回は注意喚起の思いを込めて、このニパウイルスについて紹介します。

日本では無名の殺人ウイルス

1998年にマレーシアで原因不明の脳炎の流行が3回起こり、蚊が媒介する日本脳炎などが疑われましたが、詳細な調査によって新種のウイルスによる感染症であることが明らかとなり、ウイルスが分離された流行村の名を取って「ニパウイルス」と命名されました。2000年以降はバングラデシュやインドにおいて、毎年ニパウイルス感染が報告されています。また、東南アジアやアフリカのコウモリからニパウイルスの痕跡が見つかっており、他の国においてもアウトブレイクの可能性を否定することができない状況にあります。

ニパウイルスは、ムンプス(おたふく風邪)や麻しんと同じパラミクソウイルス科に属すRNAウイルスで、ヒトと動物に感染する人獣共通感染症です。ニパウイルスの自然宿主は果実を主食とするオオコウモリの仲間で、彼らはウイルスを保有していても特別な症状を示しません。ヒトへの感染は、ニパウイルスを保有するオオコウモリとの直接的な接触の他、唾液や尿で汚染された果実の喫食や、ブタやヒツジなどの家畜への感染を介して起こります。特にブタでの伝染性が高く、感染しても発熱や痙攣などの症状を呈さない場合もあり、2週間程度の潜伏期間にあっても感染を拡げることが分かっています。前述のマレーシアの流行では、最初はブタを媒介してヒトへの感染が起こりましたが、次の流行ではブタの媒介は確認されておらず、体液や排泄物によってヒトからヒトへと直接感染することも分かっています。

ニパウイルスがヒトに感染すると、数日から2週間程度で発症します。不顕性感染でなければ、初期には発熱、頭痛、筋肉痛、嘔吐などの感冒症状を呈し、続いてめまい、眠気、意識の低下や神経症状を呈します。一部のヒトでは、急性呼吸器感染を起こすことがあり、肺炎などへと移行する場合もあります。さらに症状が進んで重症となると、急性脳炎あるいは発作を起こし、1〜2日で昏睡状態となります。脳炎を発症した場合の致死率40〜75%と推定されていますが、流行地の医療体制によって異なる可能性が指摘されています。

ニパウイルスのワクチンは、現在までに確立されていません。また、ニパウイルスをターゲットとした薬物や治療法も存在しません。WHOでは、重度の呼吸器系および神経系の合併症を治療するために、支持療法を推奨しています。

感染症媒介者としてのコウモリ

ニパウイルスを予防するための唯一の方法は、コウモリとの接触を断つことです。コウモリとの接触を避けるだけでなく、コウモリが喫食する可能性の高い果実などの食品衛生にも努めなければなりません。また、ヒトだけでなく家畜についてもコウモリとの接触に注意し、食肉処理を行う際には十分な防護を行わなければなりません。

感染症を媒介する生物として、「蚊」や「ダニ」のような節足動物が取り上げられますが、実はコウモリもニパウイルスだけでなく多くの感染症をわれわれに媒介する動物です。ニパウイルスの近縁種であるヘンドナウイルスは、オオコウモリからウマを媒介してヒトに感染します。重症急性呼吸器症候群(SARSコロナウイルス)や中東呼吸器症候群(MARSコロナウイス)、エボラウイルスも、コウモリが自然宿主です。この他、狂犬病やハンタウイルスなどの日本でも過去に流行した感染症を媒介することもあります。また、コウモリのフンや尿を栄養にして生育する真菌・ヒストプラズマは、肺炎などの呼吸器疾患から全身感染を起こすことがあります。日本では直接的にコウモリと接触する機会は少ないですが、近年では廃屋や廃ビルが増え、山間部だけでなくこうした場所に住み着くこともあるため、コウモリが出入り可能な場所にフンが落ちているかどうかの確認をし、もしもコウモリが居るようであれば、役所や保健所に相談しましょう。コウモリは鳥獣保護法の対象にもなっていますので、いかに危険であっても殺傷・捕獲することはできません。

 

※1「麻疹」内藤博敬、月刊DRP Vol.100「微生物・感染症講座」、2012年7月

※2「エボラ出血熱と感染症の横行」内藤博敬、月刊DRP Vol.112「微生物・感染症講座」2013年7月

 

ドクターズプラザ2018年9月号掲載

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