2018
01/15
ニキビの原因は微生物 !?
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感染症
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『微生物・感染症講座』
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。
静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。
ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。
ドクターズプラザ2018年1月号掲載記事
微生物・感染症講座(62)
はじめに
思春期の証しともいわれるニキビ。多くの方が青春の甘酸っぱい思い出とともに、顔や身体を覆いつくす赤みや痒みを経験したことでしょう。このニキビは、皮膚の角質と皮脂とが混ざり合ってできた「角栓」が毛穴を塞ぎ、内部に皮脂を溜め込んでしまうことを原因としています。この溜まった皮脂を、皮膚の常在菌である“ニキビ菌”が栄養にして増殖し、炎症を起こすことで痛みや痒みを生じているのです。ニキビ菌と呼びましたが、実は原因となるニキビ菌は1種類ではなく、顔と身体では全く違う微生物がこの原因となっていることがほとんどです。今回は私たちの皮膚に常在し、時としてニキビや吹き出物の原因となる微生物についてご説明します。
顔と身体ではニキビの原因菌が違う!?
一般的に、思春期に顔に生じる皮膚炎を「ニキビ」、それ以外を「吹き出物」と呼んでいますが、皮膚疾患としての名称はいずれも「尋常性痤瘡」です。この尋常性痤瘡の原因となる微生物が、プロピオバクテリウム アクネス、通称アクネ菌と呼ばれる細菌です。この菌が角栓を生じた毛穴の中で、溜まった皮脂を餌にして嫌気的に増殖し、免疫応答や皮膚を分解する酵素の放出、さらには同じ常在菌のブドウ球菌属の増殖を促すことで皮膚に炎症を起こします。この炎症を私たちはニキビ、吹き出物と呼んでいるのです。
しかし、アクネ菌は私たちと共存している皮膚の常在細菌の一つで、通常は表皮を弱酸性に保つことで外から襲ってくる病原微生物が皮膚に感染することを防いでくれています。そう、ニキビや吹き出物は、私たちとアクネ菌との間にある良好な関係性のバランスが崩れることで起きているのです。また、毛穴の中に過剰に皮脂が分泌される理由には、乾燥と男性ホルモンの分泌があります。冬場などの乾燥した環境では、皮膚表面の角質層が脆くなり、肌を保護しようとして皮膚表面に皮脂膜を張ろうとするために過剰な皮脂が分泌されます。また、思春期はホルモン分泌が多くなるため皮脂の分泌も多くなり、さらに寝不足などの生活リズムを崩すことで、皮膚表面のバランスを崩しがちになるのです。
私たちがニキビと称する皮膚疾患は、顔だけに現れるわけではありません。「背中ニキビ」や「尻ニキビ」と呼ぶ、身体に出る発赤を指すことがあります。しかし、これらの原因のほとんどは、前述のアクネ菌ではありません。マラセチア(Malassezia)属の真菌が原因で、この菌も私たちの皮膚に常在しています。マラセチアもアクネ菌と同じように皮脂を分解するリパーゼという酵素を分泌します。この酵素によって皮脂が遊離脂肪酸とグリセリンに分解されるのですが、この遊離脂肪酸が酸化されることで過酸化脂質となり、マラセチア毛包炎と呼ばれる皮膚炎を起こします。また、ヒトの皮膚に常在するマラセチアは9種おり、そのうち5種がマラセチア毛包炎を起こすと報告されています。その中でもマラセチア・ファーファーという真菌は癜風(でんぷう(※1))の原因菌でもあり、ヒトでは毛穴に侵入した時点で免疫応答して炎症を起こします。また、マラセチアはアトピー性皮膚炎を悪化させる日和見感染菌としても報告されています。
脱毛の原因にもなる毛包炎
マラセチアの中には、前述のように癜風の原因となる種類がいます。癜風も頸部より下の身体で症状が現れますが、頭髪の生え際も皮脂が多いため、生え際から頭皮へとマラセチアが感染を拡げることがあります。マラセチアは身体だけでなく、頭皮を含めた全身の毛穴で増殖する可能性があるのです。マラセチアが頭皮の毛穴で増殖してしまうと、頭髪が抜ける「脂漏性脱毛症」を引き起こすことがあります。マラセチア毛包炎が疑われる場合には、速やかに皮膚科を受診しましょう。マラセチアはアクネ菌が起こすニキビと違って、自然治癒する確率は極めて低いですが、抗真菌薬などの適切な治療を受けることで治りやすい特徴があります。背中や二の腕などに治り難いニキビがある場合も、皮膚科への受診をお勧めします。
マラセチアは人間だけの感染症ではありません。むしろマラセチアは、イヌの感染症としての方が有名かもしれません。イヌのマラセチア毛包炎の原因となる菌はヒトに感染するマラセチアとは種類が違うため、ヒトへの感染は今のところ確認されていません。しかし、激しい痒みに襲われるなど、愛犬にとっては苦痛でしかないので、動物病院を受診するようにしましょう。イヌの場合は耳垢を餌としてマラセチアが増殖することが多く、特に耳の垂れたイヌでは注意が必要です。微生物を原因とする感染症は、気温と湿度の高くなる春〜夏場にピークを迎え、皮膚炎も汗をかく時期に増加します。しかし、空気が乾燥し、着衣で身を覆うために発汗を感じ難い冬場こそ注意が必要です。常在菌とのバランスを崩さないよう、食生活や生活リズムを整えることを意識しましょう。
※1 癜風は真菌を原因とする日和見感染症の一つで、身体に細かい鱗屑(りんせつ)を生じます。見た目の色から、淡褐色の場合は黒色癜風(黒なまず)、色素が抜けて白くなると白色癜風(白なまず)と呼ばれます。マラセチア・ファーファーだけでなくマラセチア・グロボーサも原因菌です。