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ドナーミルクの活用 治療の一環として、必要としている赤ちゃんに提供

インタビュー

母乳が豊富に出るお母さんから、母乳を寄付してもらう「母乳バンク」。母乳が非常に優れた栄養であることは知っていても、医療的に使われること、母乳バンクという活動があることなどは、日本ではあまり知られていない。一般社団法人日本母乳バンク協会・代表理事であり、昭和大学医学部・小児科学講座の教授である水野克巳医師に、母乳の効果や必要性、また母乳バンクの活動について伺った。
ドクターズプラザ2020年5月号掲載

巻頭インタビュー/一般社団法人日本母乳バンク協会

一般社団法人日本母乳バンク協会 理事
昭和大学医学部 小児科学講座 教授
水野 克己 氏

極低出生体重児の治療に用いられる「ドナーミルク」

―最初に、一般社団法人日本母乳バンク協会の目的や活動について教えてください。

水野 日本母乳バンク協会は2017年5月、日本の新生児医療において「母乳」の活用を促進することを目的に設立されました。その前身は、2014年7月に昭和大学江東豊洲病院内に設立された「試験的母乳バンク」です。

当協会の主な活動は、母乳を寄付していただくこと、それを必要とする乳児に提供することです。具体的には、母乳提供者(ドナー)の健康チェックや提供していただいた母乳の検査、安全な保管やその方法の開発、低出生体重児への母乳の提供や、母乳育児支援、また周産期医療における効果的な「母乳活用」の研究などを行っています。

―先生が母乳バンクを立ち上げたきっかけは。

水野 私は 2005年に、西オーストラリア大学に3カ月間留学し、そこで母乳バンクの立ち上げプロセスを間近に見ることができました。英語では「Human Milk Bank 」といいますが、当時の日本には定着した和訳もなく、母乳バンクももちろんありませんでした。その後、低温殺菌の研究を始めたことがきっかけで、母乳バンクを運営している海外の人たちとやりとりするチャンスもあり、日本にも母乳バンクが必要だと強く思うようになりました。

―粉ミルク等、母乳に代わるものもありますが、なぜ母乳を提供する必要があるのでしょう。

水野 母乳は、赤ちゃんの病気を防ぎ、赤ちゃんの将来にも良い効果をもたらします。特に、低出生体重児にとっての母乳は、栄養としての大きなメリットがあるだけでなく、母乳で育てた方が、生死に関わる病気である「壊死性腸炎」にかかりにくいことも分かっています。つまり母乳には、疾病予防につながる「薬」としての役割もあるのです。WHO(世界保健機構)やユニセフでは、母乳を乳児にとっての「完全食品」としており、母乳を活用することが推奨されています。

しかし十分な母乳が出ない、あるいは何らかの理由で母乳を与えられないお母さんもおられますから、母乳がたくさん出るお母さん方から寄付していただいた母乳(ドナーミルク)を、必要としている赤ちゃんに提供する……というのが、母乳バンクの活動なのです。

―母乳バンクからのドナーミルクの提供は、誰でも受けることができるのでしょうか。

水野 そうではありません。日本母乳バンク協会に登録している施設(病院)のNICUで治療を受けている極低出生体重児(1500g未満で生まれた赤ちゃん)に対し、治療の一環として無償で提供しています。担当医がドナーミルクが必要であると判断した場合、まず赤ちゃんのお母さんにドナーミルクについてきちんと説明し、文書で同意をいただいてから提供します。

―ほかのお母さんの母乳を与えることに問題はないのでしょうか。

水野 「もらい乳」といって、ほかのお母さんの母乳を提供してもらうこと自体は、新生児医療においては珍しくありません。しかし感染管理の観点から、好ましくないという考え方があるのも事実で、近年もらい乳を行わない病院が増えています。一方学会では、もらい乳をやめた結果、壊死性腸炎にかかって亡くなる低出生体重児が格段に増加したという報告もされています。低出生体重児に粉ミルクを与えた場合、壊死性腸炎にかかる確率は母乳の場合の3倍、特に1000g未満で生まれた赤ちゃんが壊死性腸炎にかかると、6割が亡くなってしまいます。つまり、低出生体重児にとって母乳を与えることは非常に有効であり、安全な母乳を確保する必要があるのです。

母乳バンクでは、まずドナーが母乳や血液から感染するウイルスや病原体を持っていないこと、母乳を提供していただく時点で健康であることを確認します。また提供された母乳については、低温殺菌処理を行い、殺菌処理の前後で細菌検査を実施して安全性を確認したものを、赤ちゃんに提供しています。ですが、最終的にドナーミルクを使うかどうかを判断するのは、お母さんです。担当医が必要と考え、お母さんも使いたいと思っている場合に、安全に使えるようにするには母乳バンクが必要なのです。

正しい知識を広く伝えることが必要

―日本には、母乳バンクはどのくらいあるのですか。

水野 日本における母乳バンクは、昭和大学江東豊洲病院内にある1カ所(豊洲バンク)のみです。今年の6月には、2つ目となる「東日本橋母乳バンク(東日本橋バンク)」が、株式会社ピジョンの本社内に開設される予定です。

欧米では母乳バンクは広く普及しています。世界的にも年々増加しており、2017年時点で50を超える国々で約600の母乳バンクが運営されています。しかし日本ではまだあまり知られておらず、「ドナーミルク」の活用もあまり進んでいません。その理由は、日本にはそもそももらい乳という文化があったからでしょう。現在はもらい乳を使う施設が減っていますから、その隙間を埋めるのが母乳バンクだと思っています。

われわれも2022年を目処に、日本母乳バンク協会と厚労省の管理の下に運用される母乳バンクを新たに設立できるよう取り組んでいます。母乳バンクはしっかりとした運用基準に従って運用されなければならず、母乳バンクが母乳を売買する場になってはいけませんし、母乳バンクが必要な理由や、母乳が医療的なケアの一つであることなど、正しい知識を持った方に運営していただく必要があります。母乳バンク自体の安全性、信頼性にも関わることですから、施設を増やすことが最優先とは考えていません。

―実際、ドナーミルクはどのくらい使われているのでしょう。

水野 2018年9月から2019年8月までの1年間に、ドナー登録した方は21名、提供された母乳量は147Lで、うち136.3Lがドナーミルクとして使用可能でした。その1年間には、10の医療施設に対し、合計73.8Lの母乳を提供しています。
現在提供先として登録されている医療施設数は、14に増加しており、昨年は107人に母乳を提供しました。

―では、母乳のドナーになるには。

水野 ご自身の赤ちゃんに与える母乳が最優先ですから、それ以上に母乳が出る方で、少なくとも3回以上(目安として計2L以上)の母乳を提供していただける方、産後6カ月未満の方、これまでに輸血や臓器移植を受けていない方、また検診を受診する指定医療施設までお越しいただける方にお願いしています。ドナーになれる方の詳細は、当協会のホームページに掲載しています。

ドナー登録をしてくださる方は、まず当協会のホームページに掲載されている「申込フォーム」で、申し込みをしていただきます。その後、東京都、神奈川県、埼玉県、および北海道(札幌)にある指定の医療施設で、ドナー登録が可能かどうかの問診、検診、血液検査を受けていただきます。その結果、問題がなければドナーとして登録し、採乳や送付などの手順をお伝えします。

ドナーの方には、余剰分の母乳を搾乳器を使って採乳していただき、手順通りに母乳バッグに入れて冷凍し、クール便で母乳バンクに送付していただきます。ドナー登録してくださる方も増え、豊洲バンクの処理能力を超えてしまったため、現時点ではドナーの募集を休止しています。今年オープンする東日本橋バンクは、豊洲バンクよりキャパシティーが大きいため、より多くの方に登録していただくことができ、多くの赤ちゃんに提供できるようになると期待しています。

―ドナーやドナーミルクを受けた赤ちゃんの情報は。

水野 ドナーミルクを受けた赤ちゃん(レシピエント)が21歳になるまで、厳重に保管されます。ドナー、レシピエントの個人情報は、問い合わせがあっても一切開示されることはありません。また各ドナーミルクには固有の識別番号が付与され、どのレシピエントが、どのドナーミルクを与えられたかという情報も記録されます。万が一、問題が起こった場合にも追跡できるようになっているのです。

―母乳による育児について、今後どのようなことが必要だとお考えですか。

水野 昔は、田んぼでも、街中でも、電車の中でも、どこでもおっぱいをあげているお母さんを目にしたものですが、今はそういうことはほとんどなくなっています。おっぱいをあげる人を見ることもなく、赤ちゃんを抱いたこともない人が、出産して初めて赤ちゃんに接するという時代なのです。母乳育児は低出生体重児に限らず、元気な赤ちゃんにとっても有効であることは間違いありません。同時に母乳は、出産すれば必ず出るというものではないので、母乳の出ないお母さんが悩んだり、ストレスを感じたりしないようにしなければなりません。そのためには、母乳や母乳育児に関する正しい情報を、妊婦さんに限らず、男性や祖父母世代、また子どもたちにも、知ってもらう必要があるのです。学校や図書館、イベントなど、人が集まる場所で、正しい知識を広く伝えていかなければいけないと思っています。

揺るぎない事実は、特に小さく生まれた赤ちゃんにとって、母乳は薬でもあり、いろいろな合併症を減らすために大事だということです。母乳を使わないことが命に関わるのに、使えない人がいる。その受け皿として、母乳バンクがあるのです。

 

 

ドクターズプラザ2020年5月号掲載

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