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スルーする力、察する力

メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。
ドクターズプラザ2018年9月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(50)

はじめに

前回、認知症にはスルーする力やユーモアが一番の特効薬かもしれませんとお伝えしましたが、スルーする力、ユーモア、ウィットの魔力は、あらゆるメンタル不調に効果があるかもしれません。例えば、統合失調症の患者さんの訴える幻覚妄想に対して、真正面から「そんなことはないんだ」「あり得ないことだ」と否定しても、実際に幻の声を聞いたり、現実ではない被害を確信している人にとっては、何の力添えにもなりません。それより、「すごくつらい体験をしているね。私だったら、そんな目に遭ったらつらくて生きていけないけれど、あなたは戦おうとしてとても勇気がある」と、一旦は幻覚妄想がその人の身の上に実際に起こっていると認めた上で話し合っていく方が、はるかに実りの多い結果となるでしょう。人を相手とする感情サービス業であるメンタルヘルスの領域では、相手の立場に立ち、自分が言いたいことを一旦呑み込み、スルーしてからユーモアとウィットで伝えることが大事です。

感情サービスが求められる現代社会

昨今、職場や学校でさまざまな不適応が起こってくる原因の一つとして、発達障害が取りざたされることが増えています。彼らはしばしばスルーする力、ユーモアやウィット、察するのが苦手な人々です。かつて私たちの社会は、第1次産業と第2次産業が中心でした。1950年代の日本では、48%の人が第1次産業に、16%の人が第2次産業に従事していました。その当時、仕事をする上で相手にするのは、植物や鉱物、機械といった人以外の物でした。黙々と真面目に精を出していれば、結果がおのずとついてきたのです。しかし、2010年には第1次、第2次産業を合わせて、たった29%です。71%の人は第3次産業という人を相手にする業務に就いています。一方的に黙々と真面目に精を出しても、その時々の相手のニーズに合わなければ、受け入れられない業務に多くの人たちが就くことになったのです。現代社会は、感情サービス業が人のする仕事になっていると言っても過言ではありません。かつては多くの人手が必要であった工場も、数人のオペレーターが切り盛りすることができるようになっています。多くのマンパワーを必要とした農業も、機械化されてきています。人という生き物のニーズに合わせるために、相手の状態を察知する力が求められているのです。

例えば、一時代前の医療現場では、「あの先生、愛想は悪いけど、腕はいいから」「怖いけど、言う通りにしていたら治してくれるから」などと囁かれる先生が病院に1人はいたものです。一言でも質問をすると「お前は医者か!」と怒鳴られたなどというエピソードが武勇伝のように語られる先生がいました。今では、インフォームド・コンセント(説明と同意)、シェアード・ディシジョン・メイキング(意思決定の共有)など、医師と患者の双方向性の治療決定が推奨されています。かつての名物先生は、昨今は「ドクハラ」と呼ばれるかもしれません。このように現代では、ユーザーのニーズや感情を察知する受信力がサービスのサプライヤーである医療者に求められます。教育や司法の現場も、同様な変化が起こっている領域です。かつても「先生といわれるほどの馬鹿はなし」などと専門馬鹿を揶揄されることはありましたが、それでも専門性によって尊敬を得ることはできました。現代では、相手の立場や感情、状況を察する受信力が専門家として求められます。第3次産業が主な職業領域となり、感情サービスの質が問われるようになっているのです。このような社会では、察することができないことや視野を狭窄する能力を伴う専門性が問題となり、発達障害への風当たりが強くなっているともいえます。

かつての社会ならば事例化しなかった軽度の発達障害群が問題となる社会こそ、現代社会といえるのかもしれません。高度な受信力を求められる社会、機械にはない察する力を人に求める社会ともいえるかもしれません。現代ほどスルーする力、ユーモア、ウィットが求められている時代はないのですが、察する力の少ない、字義通りに受け取る誠実な人々――軽度発達障害の人々――への思いやりがほしいと考えるのは私だけでしょうか。

ドクターズプラザ2018年9月号掲載

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