2016

07/15

ストレスチェックって何?

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2016年7月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(38)

メンタルに優しい環境づくりに役立てる

ストレスチェック制度開始の背景

ストレスチェック制度が昨年の12月1日に施行され、従業員50人以上の事業場では、2016年11月30日までの間に1回目のストレスチェックを実施するよう義務付けられました。「ストレスチェック制度は何のためにするのだろう?」「メンタルに弱い人間を見つけ出すためかなぁ」などと疑問や疑心暗鬼にかられている方も多いのではないでしょうか。実は、1990年代から「過労死」が多数労災認定されたことが背景にあります。2000年に入ると、メンタル不調による傷病手当金の発給が増加し、精神障害に関連する労災認定が急増していきます。2013年度のうつ病を含む精神障害の労災請求件数は1409件、認定件数は436件と、15年前の7倍以上、認定件数で10倍以上となっています。ストレスチェック制度の始まりは、2010年の民主党政権時代にさかのぼります。当時の長妻厚生労働大臣が、このような時代背景を踏まえて、「企業が健康診断を行う際にうつ病にかかっていないかチェックができないかを考えており、必要であれば法律の改正も検討していきたい」と述べ、この発言が労働安全衛生法の改正によるストレスチェック制度に結び付きました。

一方では、企業が心をチェックすることへの反発も強く、一般の健康診断が労使共の義務であるのに対し、ストレスチェック施行は雇用者の義務ですが、受けることは労働者の義務ではありません。ストレスチェック制度の目的は、労働者個人のストレスやメンタルヘルスをチェックすることではなく、雇用者がストレスのない職場を作ることです。つまり、ストレスチェックの結果から職場のどこにストレスがあり、改善すべきは何なのかを知ることが大事なのです。もちろん、高ストレス者自身は通知によって「自分が高ストレス者である」という気付きはありますが、面接を申し出なければ、高ストレス者であることを雇用側に知られることはありません。雇用側には知られないで、こっそりと受診し、治療を受けることも可能です。逆に雇用側は高ストレス者の申し出があれば、必ず企業側の責任で面接を受けさせねばなりません。その面接の結果、就業制限や受診勧奨が行われた場合、それらの指導に対して合理的配慮をする義務もまた企業に課されたものです。

万が一、高ストレス者が申し出をせず、面接指導を受けず、自ら受診をしないままメンタル不調によって自殺に至ったとしても、労災認定における雇用側の過失相殺とはならない、というのが現時点でのストレスチェック制度の運用です。つまり、あくまでも企業側が、働く環境を「メンタルに優しい環境」とすることを目的としたものと言えるでしょう。

これからの課題

高ストレス者は職場の2割程度だと考えられています。病院などをフィールドとした事前の調査では、高ストレス者の約半分の人が面接を希望しました。一般の職場だと高ストレス者の4分の1程度が面接を希望するのではないか、と予想されています。50人以上の職場で働く労働者は約3000万人ですから、面接を希望する高ストレス者が約150万人程度いることになります。こんな多くの面接を短期間で行うのは可能なのでしょうか。もちろん、精神科医だけではできません。面接指導をする医師は精神科医に限らず、全ての科の医師が行うことができます。一定の構造化されたフォーマットに従って面接をし、専門医である精神科への受診が必要か否かを指導し、企業には合理的配慮を求める役割を担うことになります。

しかし、高ストレスで面接を希望しなかったけれども、メンタル不調への気付きのあった人々が、直接精神科に受診する可能性を考えると、間違いなくメンタルヘルス領域の外来は今以上に混み合うことになるでしょう。日本の精神科医療がサプライヤーとして提供してきた統合失調症などを対象とする精神科の医療ではない、ストレス関連障害への精神科医療の提供が必要とされる時代が始まろうとしています。企業も精神科医療も手を携えて、「メンタルに優しい環境」をつくることが期待されています。職場のストレス軽減に、ストレスチェックが役立ちますように。

 

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