2022

01/06

コロナとメンタルヘルスの今

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2022年1月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(60)

コロナ禍で広まるデマ

いつもは穏やかなAさんが、唐突にまなじりを決し、「先生、今日はどうしても質問したいことが3つあります。コロナワクチンを打つと、子供を産めなくなるって本当ですか? コロナワクチンの後遺症は、いつ出るか分からなくて、打った人全員に一生のどこかで後遺症が出るって本当ですか? お医者さんの中でもコロナワクチンを打つと人が変わるので打たない、と言っている方がいるのは本当ですか?」と尋ねてきました。その後、「お忙しい外来でこんな変なことを聞いてすみません」とAさんはいつもの柔らかな物腰で恐縮していました。私はこの質問にびっくりしましたが、どうやらネット上にはそのような風聞がはびこっているようです。確かにこの度のCOVID-19は罹患した後の経過にそれぞれ差があり、場合によっては致命的になる可能性がある感染症です。かつて多くの人が感染症を得体の知れない災厄と怯えたように、現代人の多くも同様の怯えにとらわれたようです。

新型の見知らぬウイルスへの不安や恐怖に加え、このコロナ禍でロックダウンが起こったことにより、人々の孤立と孤独は増し、人々のメンタルヘルスにも大きな影響を与えてきました。

警察庁自殺統計速報値では、令和2年は女性の自殺既遂が増加し、10.9%(1.5ポイント)上昇となっています。一方、LANCET(世界五大医学雑誌の1つ)のオンライン版には、2020年1月1日〜2021年1月29日までに公開されたCOVID-19パンデミック中のうつ病と不安障害の有病率を報告するデータの系統的レビュー論文が公開されました。その論文によると、20年に全世界で2億4600万人がうつ病に罹患し、このうち5320万人はコロナの影響と推定されています。男性1770万人に対し、女性は3550万人と約2倍に上りました。不安障害になった3億7400万人のうち、コロナの影響とされるのは7620万人で、男性が2440万人、女性が5180万人で、こちらも女性が2倍以上となっています。毎日のCOVID-19の感染率と人の可動性の低下が、うつ病の有病率の増加と関連していました。女性はこのパンデミックに男性より大きな影響を受け、若い年齢層は高齢者より大きな影響を受けていました。ヒトは移動できなくなればなるほど、孤立すればするほど不安になり、抑うつ的になることが今回のパンデミックの実証研究で明らかになったのです。2020年以前に既に、精神障害が世界の健康障害の第2位となっていましたが、この度のCOVID-19の流行下ではさらにメンタルヘルスの低下が危惧されています。

一方、インターネット上で誤った風聞を広げる人の数は非常に限られているのですが、デマを広げる行動を頻回に行っていることが分かっています。イギリスとアメリカに拠点を置くNGO団体、デジタルヘイト対策センター(CCDH)の調査によると、2桁台の特定の人々が何万回という情報発信を行っているとのことでした。

メンタルヘルスシステムの強化が課題

Aさんに私は「コロナワクチンを打つと子供を産めなくなるという論文を読んだことはありませんし、コロナワクチンの効果が一生続くものではないことはご存知でしょう。副作用も一生ではないと思いますよ。ブースター接種が必要だといわれていますよね。確かにお医者さんの中にワクチンを打たない人がいることは知っていますが、持病などの健康上の問題で打てない方もいらっしゃいますしね」と言うと、Aさんは安心した表情で帰っていきました。

世界のほとんどすべての国で、メンタルヘルスシステムを強化する緊急性が高まっています。若年、女性など脆弱性を持つ人々を対象に支援すること、正しい情報を伝えるなどメンタルヘルス低下を防止するようにすること、実際にメンタルヘルス障害が起こった場合に介入すること―すなわち、予防、支援、介入、治療が求められているのです。私たち一人一人が隣人と連帯できるようになると良いですね。孤立と孤独がメンタル不調の大きな要因と分かったのですから。