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コロナ、不安、うつ

メンタルヘルス

西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本外来臨床精神医学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。
ドクターズプラザ2021年1月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(57)

2方向から訪れる医療崩壊

コロナによる医療崩壊は、二つの方向から訪れるといわれています。一つの方向は医療資源の破綻―重症患者が増え、引き受けられる病床が不足するという医療提供の側からです。いまひとつは、感染を恐れて受診が控えられた結果、病院の運営・経営が今まで通りにいかなくなり、病床が失われるという方向です。実際、既にいくつかの病院が破綻しています。

私が運営に携わっている診療所も、昨年と比べるとこの春は患者さんが3割減という状況でした。患者さんたちは都心の診療所を避け、歩いて行ける地元で受診するようになりました。しかし一方では、ここ2、3カ月、何年かぶりで再受診をする患者さんたちがポツポツと現れてきました。

すっかり消えていた不安発作が3年ぶりで現れたと受診した患者さんは、「ここまで来るのは大変でした。でも、治してくれた先生のところでないと、不安で不安で……」とすっかり憔悴した様子でした。リモートワークが5月以来続いていて、会議の内容がよく分からないまま何とか仕事をしてきましたが、8月から出社が始まりました。リモートワークで分からないまま放置していた取引先との折衝など、確認しなければいけない事案が山積みになっていると感じました。上司に相談すると、「リモートワークは言い訳にならないよねえ。すぐに確認してください」と言われ、さらに息詰まる思いになりました。出社するたびに息苦しくなり、一昨日電車の中で過呼吸になりそうだと感じました。息苦しく、何とかしてその場から逃げたいと途中下車してしまいました。3年前に治療を終了し、このままずっと穏やかな日々が続くと思っていたことが嘘のようで、強い切迫感に襲われ受診しました。医師からは、「コロナで少し不安が上げ底されているだけだから、必ず元通り落ち着いた日々が戻りますよ」と保証され、ほんの少しだけ安堵しました。

何年かぶりで涙が止まらないと訴える患者さんもいました。どうしてか分からないけれど、仕事が終わった帰り道で、気が付くと頬が涙で濡れています。このことが不安、これが怖いということはないのですが、周りの社会がすっかり変わり、自分の寄る辺がないように感じて涙がこぼれて止まりません。以前受診した時のように、落ち込んでしまって仕事ができない、悲しみで胸をつかれ涙が出てくるというわけではありません。何も考えていないのに、漠然とした悲しみで胸がつかえています。受診すると、「うつ病が再燃したわけではなさそうですね。寝られているし、体重も減っていないから大丈夫。できていることに注目する練習をしましょう」と言われ、安心感を取り戻しました。

私共の診療所ではなお、外来患者数は昨年より1割程度減っています。圧倒的な現実の負荷、例えば戦争などが起こると、メンタルヘルス障害は減るといわれていますが、コロナ禍は実際のところ、メンタルヘルスにどのような影響をもたらしているのでしょうか。

産後うつ病の可能性が従来の2倍以上!?

コロナ禍による社会全体のメンタルヘルスの変化を測定する調査はありませんが、厚生労働省は、産後うつ病など一定の領域について、以前から前向き疫学調査を行っています。これまで、WHO(世界保健機構)の見解や厚生労働省の調査では、10%程度の母親が産後うつ病を発症するとして、保健師に注意を呼び掛けていました。しかし今回、筑波大学の松島みどり氏らが、子育て関連のアプリを提供する会社の協力を得て行った、出産後1年未満の母親2132人を対象とする調査では、およそ24%が産後うつ病の可能性がありました(エジンバラ産後うつ病質問票による)。従来の調査の2倍以上という驚くべき結果です。これはコロナ禍による漠然とした不安のみならず、感染の危険を考慮して里帰り出産ができない、あるいはコロナ禍によって夫の収入が減ったなど、二次的な現実的負荷に由来する可能性もあるでしょう。しかし、従来の数の2倍以上というのは驚くべきことです。しかも、産後うつ病の可能性があるとされた母親のうち、3人に2人は自分をうつ病だと自覚していなかったのです。

コロナ禍によって多くの母親は子育て支援の集まりや、同じ月齢の子供を持つ母親との交流を遮断され、孤立しました。同様の孤立は、いま社会のあらゆる局面で起きているでしょう。3密を避け、物理的に孤立することを求められる今、どのように私たちはつながることができるでしょうか?

ドクターズプラザ2021年1月号掲載

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