2013

07/24

エボラ出血熱と感染症の流行

  • 感染症

  • null

内藤 博敬
静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2013年7月号掲載

微生物・感染症講座(31)

軽微な感染症では、患者の行動範囲が広くなるため感染が拡大の恐れがある!?

はじめに

2012年の7月、ロンドン五輪の開幕と前後して、WHO(世界保健機関)が一つのニュースを発信しました。「ウガンダでエボラ出血熱が発生し、14人死亡」と銘打たれたニュースは、瞬く間に世界中を恐怖の渦に巻き込みました。“エボラ出血熱”いかにも恐ろしげな名前のついているこの感染症は、日本には存在しない病原体ウイルスが原因となる感染症で、新感染症法で最も危険な“一類”に分類されています(*1)。このニュースが報じられた当時、ウガンダ北部には、南スーダン共和国支援のために日本の自衛隊が支援調整所を置いており、我々にとっても無関心ではいられないニュースでした。今回は、エボラ出血熱のお話をしながら、感染症の流行について考えてみましょう。

エボラ出血熱とは

1976年、中央アフリカに位置するコンゴ(旧ザイール)およびスーダンで、頭痛・発熱からやがて激しい出血を伴う感染症が流行し、400名以上が死亡するという事件がありました。特定された病原体はウイルスで、発生したエリアを流れる川の名前から、「エボラウイルス」と命名されました。エボラウイルスはフィロウイルス科(Filoviridae)に属するウイルスで、U字形や6字形などヒモ状の多形性を示します。現在までに5種類が見つかっており、中でもザイール株と呼ばれるタイプがヒトに対して最も高い病原性を示します。エボラウイルスは、血液、尿、吐物、分泌物などの体液や排泄物を介して感染が拡がると考えられています。感染後の潜伏期間は2~21日で、発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛などの症状をもって発症し、腹痛、嘔吐、下痢を来して、やがて消化管や皮膚など種々の臓器内で出血が起こります。エボラ出血熱は、マールブルグ病、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱と共に、出血熱の中でも特に重篤な症状を呈する4大出血熱と呼ばれ、致死率が50~90%と極めて危険な感染症です。

日本では、これらの感染症は全て感染症法で一類に分類され、ウイルス自体も病原体として最も危険な一種病原体に区分されており、研究には厳重な研究施設が必要となります。今のところヒトへの感染は、アフリカ中央部および西部でしか報告されていませんが、現地のゴリラやアジアのオランウータンなどの類人猿の他、フィリピンでは2007~2008年に養豚場のブタでの流行(レストン株)が報告されています。しかし、これまでに自然界での保菌動物など明らかとなっていないことも多く、また、ワクチン開発や治療法についても研究開発が進められている最中で、ヒトにとって脅威的な感染症であることは間違いありません。

2012年に起きたウガンダでの流行

2012年7月始めに、ウガンダ西部のキバレ地区でエボラ出血熱が発生し、7月末までに20名が発症、14名が死亡し、ウガンダ保健省と米国疾病対策センター(CDC)の要員から成る対策チームが現地に派遣されたことをWHOが発表しました。ウガンダは、アフリカ中央部にあるビクトリア湖に接した国で、キバレ地区は首都カンパラから160 kmほど西方に位置しています。7月末にカンパラでもエボラ出血熱による死者が報告されましたが、この患者はキバレ地区から1人で首都の病院へやってきたそうです。これまでのエボラ出血熱の流行では、症状が急激に現れることから遠距離の移動は難しく、感染には体液や排泄物との接触が必要なことから、広範囲への流行拡大は起こり難いと考えられていました。ところが今回の流行ではエボラ出血熱の典型症状である出血などがみられないことが多く、患者の発見が遅れ、また患者もある程度の移動が可能となるため、入院加療中に病院から逃げ出すといったニュースもありました。

症状が軽微な感染症では、患者の行動範囲が広くなるために感染拡大を余儀なくされます。発生初期の段階では症状が軽くても、拡がるにつれて病原体が変化したり、交通網の発達で一気に国境や大陸を越え、異なる人種に感染することで劇症化する可能性も否定できません。国外での流行は、われわれにとっても決して対岸の火事ではないのです。

(*1)新感染症法(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律)では、対象疾患を一類~五類と新型インフルエンザ、指定感染症、新感染症に分類している。また、感染症の原因となる病原体や毒素についても、同法で一種~四種と特定病原体等に該当しない病原体として分類されている。

フォントサイズ-+=