2021

09/22

ウイルスの変異と変異株

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立農林環境専門職大学 生産環境経営学部 准教授
日本医療・環境オゾン学会 理事
日本機能水学会 理事

ドクターズプラザ2021年9月号掲載

微生物・感染症講座(73)

はじめに

冬が間近になる秋口、インフルエンザの予防接種が開始されます。毎年この時期に予防接種をしなければならないのは、インフルエンザウイルスが毎年のように「変異」するからです。また、中国・武漢に端を発したCOVID‐ 19は、病原体であるSARSコロナウイルス2が瞬く間に世界へ広がりを見せたことでパンデミックを起こし、これまでにアメリカ型、イギリス型、インド型など、さまざまな「変異株」が報告されています。変異とは、そもそもどういった現象なのでしょうか。また、変異型や変異種ではなく「変異株」と呼ばなければならない理由についてお話します。

生物にとっての遺伝子とタンパク質

変異の話の前に、遺伝子とタンパク質との関係を簡単にお話しします。生体組織、酵素、ホルモンなど、生物の大部分はアミノ酸が連なって高次構造を形成したタンパク質で構成されています。タンパク質は、生物の細胞にあるリボソームと呼ばれる細胞内小器官で作られます。生命の設計図ともいえるDNAは、必要なタンパク質の情報をRNAに転写し、このRNAがリボソームに情報を持ち込むことで、20種類あるアミノ酸から適切なアミノ酸を選んで結合し、目的のタンパク質を合成します。遺伝子と呼ばれるDNAとRNAは、タンパク質を構成するアミノ酸の順序(配列)を決定する暗号となっています。

遺伝子は、アデニン、グアニン、シトシン、チミン(RNAではウラシル)の4種類の塩基と呼ばれる物質が、糖を使って連なった一本の長い鎖のようなものです。4種類の塩基が3つずつ組み合わさることで64パターンの暗号となります。20種類のアミノ酸(および合成の終了)は、それぞれ1〜6パターンの暗号で選択するようになっています。タンパク質合成は、生物にとって生命を維持するために必要不可欠な代謝反応の一つですが、ウイルスはリボソームを持っていないので自ら代謝することができず、細胞に感染して自身のコピーを作らせることで増殖します。

「変異」と「変異株」

変異とは、生命体の遺伝情報であるDNAやRNAが、質的・量的に変化することです。アミノ酸によっては複数の塩基の組み合わせパターンが暗号となっている場合があるので必ずではありませんが、DNAやRNAの塩基配列が1つ変化しただけでも選択するアミノ酸が変わることがあります。部分的に塩基配列が欠落したり、外から挿入されたりして量的な変化が起これば、確実にアミノ酸配列が変化し、結果として元のタンパク質とは異なるタンパク質が合成されます。そのためウイルスの変異では、毒性が強くなったり、感染力が強くなったりすることが危惧されるのです。しかし、必ず強くなるとは限らず、反対に減弱されることも同様に起こるので、必ずしもウイルス変異は人間に不都合なことが起こるわけではありません。

ウイルスの持つ遺伝子が部分的に変異した場合、そのウイルスを変異株あるいは変異ウイルスと呼びます。ウイルスは生物ではありませんが生物同様に分類がなされており、国際ウイルス分類命名委員会の分類体系に従って、生物学および形態学的性状、遺伝子の構造などによって分けられています。ウイルス分類の基本単位は「種」で、上位が亜属・属や亜科・科、下位は亜型・型や株と称されますが、基本の「種」つまり種類は同じです。三毛猫を例にしてみると、三毛猫を「種」として、上位はイエネコ亜種、下位は三毛、とび三毛、縞三毛、キジ三毛が「型」、個体ごとの模様や色の濃さなどが「株」になるような感じです。現状、新型コロナウイルスの変異株はあくまでも一部分の違いでしかなく、型や種類が異なるわけではないので、変異種や変異型は誤用となります。

ウイルスは何故変異するのか

変異は遺伝子の変化なので、遺伝子を持っていれば起こる可能性があります。人間も例外ではなく、進化の過程で幾度となく変異を経験してきました。そう、変異とは突然変異のことなのです。しかし、前述のように変異は必ずしも都合良く変化するとは限りません。そのため高等生物になればなるほど、遺伝子が損傷を受けるなどの変化に対して修復能をも発達させ、簡単には変異しないように進化してきました。逆にウイルスは細胞構造すら持っていないため、容易に変異を繰り返し、多様性を維持することで種の保存に努めていると考えられています。

COVID-19がどこから発生したのかは不明ですが、今後もわれわれ人間が活動範囲を広げていくと、これまで接触することのなかったウイルスに接触する機会が増えることでしょう。ウイルスは人間という新たな感染先に適応すべく変異を繰り返し、新たな感染症パンデミックが引き起こされるやもしれません。賢い人を意味するホモ・サピエンスは、今回の教訓を次世代に正しく伝えることができると信じています。

(参考)

DRP, Vol.110, 微生物感染症講座29, インフルエンザの“H”と“N”
DRP, Vol.152, 特別寄稿, COVID-19パンデミック