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インフルエンザの“H”と“N”

感染症

内藤 博敬
静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。
ドクターズプラザ2013年5月号掲載

微生物・感染症講座(29)

インフルエンザウイルスは鳥類を宿主としている

はじめに

日本では季節型のインフルエンザが終息を迎えた春先、“H7N9”と呼ばれる新型のインフルエンザによる初めての犠牲者が出たと、中国から報告がなされました。被害者は日に日に増加し、この記事を書いている時点でも終息はしていません。この新型インフルエンザは、ヒトからヒトへの感染は確認されていないものの、国立感染症研究所の分析結果から遺伝子の一部がヒトに感染しやすく変異していることが分かっています。また、2009年に猛威を振るった“H1N1”と比べて、病原性が高く重症化し易いとも言われています。この新型インフルエンザで使われる“H”と“N”とは何なのでしょうか? 今回はこの“H”と“N”についてお話しましょう。

HとNは、A型インフルエンザウイルスの亜型分類

ヒトで流行を起こすインフルエンザウイルスはオルトミクソウイルス科に属すウイルスで、抗原性(人体にとっての異物としての性質)や形状の違いから、A型、B型、C型の3種に分けられます(*1)。この3種の中で“H”と“N”で分類されているのは、A型です。報道でH1N1やH7N9と呼んでいるのは、全てA型のインフルエンザウイルスのことなのです。そもそも“H”と“N”とは何を意味しているのでしょうか?

インフルエンザウイルスは、外側をエンベロープと呼ばれるタンパク質の膜で覆われています。このエンベロープの表面に“ヘマグルチニン(HA)”と“ノイラミニターゼ(NA)”というタンパク質を持っています。そう、このヘマグルチニンの種類を“H”で、ノイラミニターゼの種類を“N”で番号付けしているのです。B型もHAとNAを持っていますが、A型ほどバラエティーに富んでいないため、A型のみがHAとNAで分類をした亜型で示されます。また、C型はHAもNAも持っておらず、両方の役割を果たすHE(ヘマグルチニンエステラーゼ)の種類で分類されています。

A型インフルエンザウイルスをヘマグルチニン(HA)とノイラミニターゼ(NA)で分類している理由は、ウイルスの表面構造の違いだけでなく、その働きにあります。ウイルスは自己増殖できないので仲間を増やすために宿主細胞に感染しますが、HAはインフルエンザウイルスが宿主細胞に付着するために使うタンパク質なのです。HAによって宿主細胞に付着したインフルエンザウイルスは、自身の遺伝子を宿主細胞に送り込み、感染して宿主細胞に新たなインフルエンザウイルスを作らせます。この時、宿主細胞の中に作られたインフルエンザウイルスを宿主細胞の外へと出すために働くのがNAです。HAとNAのいずれもウイルスの膜表面にあるタンパク質で、それぞれ感染と増殖に深く関与しているタンパク質であることから、これらを使って分類しているのです。

過度に騒がず、正しい知識を身に付けましょう!

そもそもインフルエンザウイルスは鳥類を宿主としているウイルスで、ヒトへの感染はニワトリなどの家禽からブタやウマなどの家畜を介して変異するケースが多いと考えられています。現在までに発見されたインフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)は16種類ありますが、その中でこれまでにヒトで流行を起こしたことがあるのは、“H1”“H2”“H3”の3種類のみです。ノイラミニターゼ(NA)は9種あるので、HとNの組み合わせにすると144種考えられますが、1918年のスペイン風邪、1977年ソ連風邪や2009年の新型インフルエンザは“H1N1”、1957年のアジア風邪は“H2N2”、1968年の香港風邪は“H3N2”と、1900年代にヒトで大流行を起こしたA型インフルエンザウイルスは三つの組み合わせしかありません。しかし、今回の“H7N9”や高病原性トリインフルエンザ“H5N1”など、ヒトからヒトへの感染はしないものの、ヒトでの感染が確認されているインフルエンザウイルスが増えていることも事実です。遺伝子工学の発展によって、これまでは分からなかったインフルエンザの変異も容易に分かるようになったことで脅威にも感じますが、反対にこうした新型感染症にも逸早く対応できるようになってきているので、過度に恐怖心を煽らず、正確な情報の共有を心掛けましょう。

(*1)B型は、A型とウイルスの構造や感染した時の症状が良く似ていますが、ヒトでの感染サイクルが成立していて、他の動物での感染例はアザラシを除き稀です。C型は、A型B型とウイルスの構造が大きく異なり、流行時期に季節性が無く通年にわたって発生し、通常4~5歳までの間に感染して鼻風邪様症状を呈するインフルエンザです。

ドクターズプラザ2013年5月号掲載

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