2017

07/15

アニサキス

  • 感染症

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内藤 博敬
『微生物・感染症講座』
静岡県立大学食品栄養科学部環境生命科学科/大学院食品栄養環境科学研究院、助教。
静岡理工科大学、非常勤講師。湘南看護専門学校、非常勤講師。
専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。
ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2017年7月号掲載

微生物・感染症講座(59)

はじめに

今年の上半期に世間を騒がせた感染症の中にアニサキスがあります。アニサキスは海洋哺乳類を終宿主とする寄生虫で、30年ほど前に著名な役者さんが舞台出演中に緊急入院したことで、一般にも知られるようになりました。今春の報道では「10年で20倍」とも騒がれていますが、本当に急増しているのでしょうか。今回は昨今の食中毒事情を鑑みながら、アニサキス症についてご紹介します。

魚介類の生食文化を持つ日本の風土病

アニサキスは、回虫目アニサキス科に属す線虫の総称で、クジラやイルカなどの海洋哺乳類に寄生して彼らの排泄物と一緒にアニサキスの卵を海水中へ放出させます。この卵をオキアミなどの甲殻類や大型の動物プランクトンが摂取し、体内で幼虫となったアニサキスをサバやイカなどの魚介類が捕食します。アニサキスは魚介類の体内では成虫になれず主に内臓部分(一部は筋肉部)に寄生して、成虫になることができるクジラなどの終宿主に捕食されるのを待ちます。アニサキスが終宿主に寄生するために潜んでいる魚介類を人間が捕獲し、食してしまうことがしばしばあります。魚介類の生食を食文化に持つ日本では、昔からアニサキスの報告がありました。アニサキスはヒトの体内では成虫にはなれないので卵を産むこともありませんが、幼虫のまま消化管に突き刺さってアニサキス症を引き起こすことがあります。

アニサキス症は、感染部位によって胃アニサキス症と腸アニサキス症に分けられます。また、症状の現れ方によって緩和型と劇症型に分けられます。緩和型はその名の通り症状が軽微であるために自覚症状が無いこともありますが、劇症型の胃アニサキス症では喫食後8時間以内に、腸アニサキス症の場合は数時間から数日以内に持続する激しい腹痛や差し込むような痛みに襲われます。

この激しい痛みは消化管壁にアニサキスが突き刺さることで起きていることなので、胃アニサキス症の場合は内視鏡で取り除くことで対処できますが、腸アニサキス症の場合は開腹手術となる場合があります。アニサキス症に対する治療薬はありません。そもそもアニサキスはヒトに寄生するわけではないので、何もしなくても1週間程度で死んでしまいます。しかし、腸穿孔や腸閉塞といった重大な疾患の原因となることもあり、この場合は緊急の外科的手術を施します。

日本国内では年間7000例以上のアニサキス症が発生している!?

前述のようにアニサキスは総称であって、形態の違いから10種類以上に分類されています。この中でヒトにアニサキス症を起こすのは、アニサキスⅠ型、アニサキスⅡおよびシュードテラノーバと考えられてきました。近年、遺伝子レベルでの研究が進んだことで、アニサキスⅠ型にはアニサキス・ピグレフィー、アニサキス・シンプレックス・センス・ストリクト、アニサキス・シンプレックスCの3種類があることが分かり、日本海側のマサバに寄生する80%がアニサキス・ピグレフィー、太平洋側のマサバに寄生する80%がアニサキス・シンプレックス・センス・ストリクトであることが報告されています(注1)。このアニサキス・シンプレックス・センス・ストリクトは他の種に比べて内臓から筋肉部分への移行率が高く、日本のアニサキス症の大部分を占めるとの報告もあります。

2007年にアニサキス症の報告は6件・6名でしたが、2016年には124件・126名となり、「10年で20倍」と報道されました。しかし、受診データの解析から日本におけるアニサキス症の患者数は年間7000人程度と推定されています(注2)。実は、2013年以降、全食中毒事件数はノロウイルス、カンピロバクターに次いでアニサキスが第3位となっていて、この背景にはアニサキスを原因とした食中毒事件の増加よりも、食品衛生法が改正されてアニサキスが食中毒事件票に追加され、保健所への報告意識が高まったものと考えられています。

アニサキス症の原因魚としてはサバやイカが有名ですが、この他にも本州ではイワシ、アジ、北海道ではタラ、ホッケ、サケなどの生食もアニサキス症の報告があります。また近年ではメジマグロ、シロザケを原因魚とする報告がされ、今年はイクラを原因とする事例も見受けられ、いずれにしても魚介類の生食には注意が必要です。原因魚の生食をしないことが一番の予防ですが、どうしても生食をする時には目視でアニサキスを確認除去するよう心掛けましょう。また、アニサキスの場合は加熱調理だけでなく冷凍によっても処理できるので、原因となる魚介類はしっかりと加工することで予防しましょう。

 

(注1)
参考文献:健康安全研究センター、東京都微生物検査情報29巻10号(2008年10月)

(注2)
参考文献:杉山広(国立感染症研究所寄生動物部)、食中毒としての食品媒介寄生虫症: 現状と検査の課題、日本食品微生物学会雑誌33(3)、134‒137(2016)

 

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