2013

06/20

ちょっと困ったこころのクセ

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2013年6月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(15)

夜寝る前にガスの元栓や玄関の鍵を何回も確認、手洗いを何度もする……。

人には言えない、様々な工夫

職場は皆が協力して仕事をするところです。それぞれが自分の役割を果たし、仕事をやり遂げるわけですが、ある人のところでどうも仕事が滞ってしまうことはありませんか。

この4月に部署異動があってから、Aさんは困り果てています。実はトイレに行きにくくなってしまいました。Aさんはトイレにはポーチを持って入れないので、社員がよく利用する同じ階の化粧室は今まで使わないようにしてきたのです。1階下のフロアの化粧室は、ポーチをかけておける場所があり、ポーチを持たずに入れるので、長年そこを使ってきました。Aさんの会社生活は、人には言えない様々な工夫の上に成り立ってきました。机の上の書類や文具をきちんとあるべき場所に置くために、朝は人より1時間ほど早く出社しなければなりません。1日に数回はトイレに行かなくてはならないので、書類を他の階に届ける作業を1時間ごとに入れ、トイレに行きやすくするなど、タイムスケジュールの管理も大変でした。空調の音も気になるので耳栓を使っています。机の引き出しにはウェットティッシュを常備し、汚れたなと感じたらすぐに拭くようにしています。Aさんの会社生活は3月までは大過なく過ごしていました。少し遅れがちでしたが「堅実な仕事ぶり」と評価されていました。経理の仕事でしたので、ミスがないということが評価されたのです。周りからは、「少し清潔好き過ぎるかな」と思われていましたが、頻繁にトイレに行ったり、ウェットティッシュで机を拭いたりすることも大きな問題にはなりませんでした。

この4月に営業事務に異動してから、担当の営業からしばしば「ちゃんと席にいてほしい」「伝票を早くあげてほしい」などとクレームが出るようになりました。Aさんにしても、今までと変わりない頻度で席を外しているのに、どうして文句を言われるのか分かりません。書類処理のスピードも、今までと変わりありません。一体、何が起こったのでしょう。

強迫性障害の治療法

Aさんは、小学校高学年の頃に自宅以外のトイレが苦手であることに気付き始めました。駅のトイレで荷物を持って入るのがどうしても不潔な感じがしてドアの外に置き、盗られてしまったこともありました。自宅では服も脱いでトイレに入っています。外出後は、何回も何回も手を洗います。玄関で靴下やコートは脱いでしまい、できるだけ外の汚れを部屋に入れないようにしています。日によっては帰宅後の手洗いに30分以上かかる日もあります。出掛ける前や寝る前は、ガスの元栓や蛇口、電気のスイッチ、ドアの鍵を何度も何度も確認します。もしかしたら鍵をかけ忘れたのではないか、と会社近くまで行きながら、戻ってしまったこともあります。経理部にいた時には、自分に任された仕事を納得のいくまで確認して提出していました。いつの間にか「遅いけれどもミスのない人」という評価が定着し、それなりに仕事をしていました。最終チェックを任されることも多くなり、自分の仕事に誇りも持てていました。ところが、営業事務は営業職のバックアップですから、営業のスピードに合わせて処理をしていく必要があります。自分以外にダブルチェックをしてくれる人もいません。Aさんの机の上には、未処理の伝票が今や山と積み上がっています。

Aさんには確認癖があります。皆さんの中にも、思い当たる人はいませんか。机の上の文具があるべき場所にないとどうしても仕事を始める気にならない、仕事を始めても落ち着かない、こんなことはありませんか。夜寝る前にガスの元栓や玄関の鍵を何回も確認しないと寝付けない、お風呂に入ると何時間もかかる、手洗いを何度もする、こんなことはありませんか。このような少し困ったクセを強迫症状と言います。思春期頃から気づかれることが多く、病気というよりも自分のクセ、あるいは恥ずかしい個性のように思っている人も多いかもしれません。多くは人知れず工夫をして何とか生活していますが、Aさんのように環境の変化で日常生活が立ち行かなくなり受診する場合もあります。

現代の精神医学は、強迫性障害の第1選択治療を薬物療法としています。うつ病に用いられる薬が強迫症状の軽減に役に立つとされています。精神療法としては認知行動療法、特に暴露法が効果的とされています。どうやら本人にとってはクセのように思われているこの困った「こだわり」には、薬物が効果があるようです。ちょっと気軽にクセについて精神科を訪れてみるのもいいかもしれません。