2016

03/15

それって病気?(5)

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2016年3月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(36)

身体表現性障害(身体症状症)の診断と治療

身体表現性障害とは

日本語には、「失恋して胸が痛む」「金繰りがつかず頭が痛い」「あいつには腹が立つ」など、心の状態を身体で表す多くのメタファーがあります。日本人は自己主張をしない、自分の感情を表さない国民だと海外からは評価されていますが、自分の感情を表さない代わりに、「身体化症状(身体に出る症状)」で表す傾向があるのでしょうか。身体の状態で心の状態を表す多くの言葉があります。

実は、国際的な診断基準では、心の悩みを身体で表現する状態を「身体表現性障害(身体症状症)」として扱っています。では、どのような状態を身体表現性障害とするのでしょうか。よく「びっくりして腰が抜けた」などと言いますが、すぐに歩き出すことができて日常生活の機能が障害されない場合には、どんなにめったにないことでも病気とはしません。もし、腰が抜けてそのまま歩けなくなる、ハッと息をのんでそのまま声が出なくなる、ということになると、これは「失立失歩」「失声」として身体表現性障害のうち、転換性障害の症状となります。身体表現性障害でよく見られる症状は、いわゆる不定愁訴(ある時から吐き気や頭痛がし始め、仕事に行けなくなってしまったり、日常生活が営めなくなってしまう、あるいは原因を探そうと多くの病院を受診し、仕事どころではなくなってしまう)です。身体表現性障害の多くの例は、ありふれた身体的症状のために、日常生活が営めなくなります。実際、家族の中で何年も葛藤状況があり、常に胸やけ、腹痛の症状を抱え、長年内科で胃薬を処方されていて、ある時期から眠れなくなり、かかりつけの内科医から精神科に紹介され、そこで身体表現性障害という病名がつくこともあります。

現実のストレスに取り組む

Aさんの場合を考えてみましょう。Aさんは、3歳年上の夫と結婚して30年近くになります。20代の子どもと4人家族ですが、夫とはこの10年ほどほとんど口を利かないで暮らしています。「身分違いだ」という家族の大反対を押し切って恋愛結婚したのが噓のようです。結婚するまでは、夫はとても優しく、穏やかな人に見えました。長女が生まれた頃に、自分たちの家よりも姑の家を先に購入すると夫が言い出したことに反対した頃から、すっかり夫婦仲は冷えていきました。「家事の手際が悪い」「馬鹿だ」「世の中のことを何も知らない」「のろま」などと口を開けば批判するので、もう10年以上、仕事に忙しい夫の不在中に自分一人で全て片付けるようにしてきました。

この春には夫が退職します。終日夫が家にいる生活を想像しただけで、胸の辺りが苦しくなるような感じがして、ここ一年ばかりは気持ちが塞いでいました。暮れにパソコンの操作についてふと夫に尋ね、「しまった」と思った時には機関銃のように知識のなさやパソコンについて無知であることを頭ごなしに責め立てられました。お正月明けに下痢になり、かかりつけ医を受診したところ、感染性胃腸炎ということで薬を処方されました。その後、下腹部痛は残っていましたが、それよりも性器痛と陰核を刺激される感覚が居ても立っても居られないほどつらくなりました。婦人科に受診したところ、「年のせいで分泌物が少なくなり、炎症を起こしているせいでしょう」と軟膏を処方されました。2回目の受診の時に、勇気を出して、陰核への刺激感と不快な性的興奮について訴えましたが、「婦人科的な問題はない」と親身になってもらえませんでした。テレビコマーシャルで、様々な痛みの背景にうつ病がある可能性を聞いて、メンタルヘルス科を受診しました。胸の圧迫感、頭重感、下腹部痛、性器痛、不快な性的興奮を訴えたところ、身体表現性障害と診断されました。メンタルヘルス科の先生から、「日常生活につらいことはありませんか」と尋ねられ、夫の態度を思い出し、涙が止まらなくなりました。心のつらさが身体の症状として出ていると説明されると、これからの夫との生活への不安が自分の中で大きいことに気付きました。

心のつらさが身体の症状に転換するのはコントロールすることができません。つらさや怒りが抑圧され、言葉や行動で表現されないまま、身体の症状として表れてくるのです。現実のストレスと取り組んでいくことが、何よりの症状緩和への対策ですが、しばしばそのストレスが否認されたり、抑圧されて見えにくくなることが、この病態の特徴です。ありふれた症状ですが、一旦起こると手ごわい症状で、なかなか改善に向かいにくいところがあります。心のつらさを抑えるバランスを取るのは、誰にとっても難しいことですね。