2015

09/16

それって病気?(2)

  • メンタルヘルス

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西松 能子
立正大学心理学部教授・博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て現職日本総合病院精神科医学会評議員、日本サイコセラピー学会理事、日本カウンセリング学会理事、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。

ドクターズプラザ2015年9月号掲載

よしこ先生のメンタルヘルス(33)

摂食障害の診断と治療

増加しつつある摂食障害とは?

対人距離が拡大している現代社会では、『やっぱり見た目が9割(新潮新書2013年)』という本がベストセラーになるなど、以前よりもはるかに外見の重要性が増しているようです。村社会であれば、その人のことは生まれた時から皆知っているので、外見は一要素に過ぎません。しかし、現代社会では、外見が人を判断する重要な要素とならざるを得ません。ダイエットや美容整形は先進国にとって重要な産業となっており、最近では女性のみならず、男性もダイエットや見た目に気を遣うようになりました。現代の日本では、大なり小なりダイエットを試みたことのない人は見当たらず、かつては特殊な人の稀な病気であった摂食障害が増加しつつあります。

ところで、摂食障害ってどのような病気でしょう? ただ痩せたいと願い、いつもと異なる食行動を試み、ダイエットで痩せたら、摂食障害と診断されるのでしょうか? 必ずしも摂食障害ではダイエットをしていたり、痩せていたりはしていません。摂食障害は大きく二つに分けられ、一つは神経性やせ症あるいは神経性無食欲症と言い、他方は神経性過食症あるいは神経性大食症と言います。その2群を分けるのは、実際の体重が正常体重の下限(BMI 18.5kg /㎡)未満であるか否かです。神経性無食欲症は正常体重の下限未満であり、神経性過食症は正常体重以上です。そして、どちらの群に属する摂食障害においても、共通していることは強く痩せることを望んでおり、四六時中食べ物のことを考えていることです。

「神経無食欲症」と「神経性大食症」

神経性無食欲症の人たちは、正常体重の下限未満であるにもかかわらず、痩せなくてはならないと思い込み、わずかな体重増加や太ることを強く恐れています。終日食べ物のことを考えているにもかかわらず、全く食べなかったり、極端な運動をしたり、体重増加を防ぐ持続的な努力をします。実際どんなにガリガリに痩せていても、この群の人たちは「自分のお尻には肉がついている」あるいは「二の腕の脂肪がつまめる」などと深刻な顔で訴えるのです。日本では、大学時代にこの定義に当てはまる状態に一過性になった人たちが10%以上いる、という報告もあります。この群の人たちの中には、全く食べないで(拒食)正常体重下限未満の人と、吐くなどの排出行動により正常体重の下限未満の人がいます。

一方、神経性大食症の人たちは、通常ダイエットの後に唐突に過食するようになり、体重増加を恐れ、実際の増加を防ぐために、吐いたり、下剤を使用したり、利尿剤を用いたりします。人によっては、再び厳密なダイエットをしたり、数日間の絶食をしたりします。その後は再び過食エピソードが襲ってきます。過食とそれを償うような行動を繰り返します。自分自身、食行動がコントロールできないことで、すっかり落ち込んでしまいます。この過食行動は、単に普段より食べ過ぎたということではありません。ちょっとでも食べたら、気持ちが悪くなるまで食べ続けてしまう、一旦始まれば食べるのを止めたりすることができない、という強いコントロール不能感を伴うものです。いつ食べ、いつ食べないのか、ということがコントロールできず、満腹感も空腹感も感じることができず、いつも食べ物のことばかり考えています。この群の人たちの中には、過食の排出行動が充分できずに、著しく太っている人もいますし、排出行動が首尾よくできて正常体重範囲内の人たちもいます。しかし、もしこの群の人たちが正常体重の下限未満になれば、神経性無食欲症排出型の診断となります。

こう申し上げると、神経性無食欲症と神経性大食症が、本質的には、(1)体重増加あるいは太ることへの強い恐怖(2)自分の体形が太り過ぎているという認識(3)空腹感や満腹感など正常な食行動を支える脳の中枢のトラブルに由来する同一の障害―― 摂食障害としてまとめられることがお分かりだと思います。摂食障害の有病率は人口の2%内外と言われています。若い女性においては、この有病率はさらに多いと言われます。脳の食欲中枢の障害を伴う、難治性の慢性疾患です。罹った本人も周囲も、単なる自制心がない、我慢できない病気と考えがちですが、一旦罹ると治りにくく、自殺率も高い病気ですので、ダイエットの後におかしいなと思ったら、「これは病気かもしれない」と考えてみましょう。

 

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