2019

09/18

それぞれの国に適した看護がある

  • 国際医療

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国立研究開発法人国立国際医療研究センター(以下、NCGM)、国際医療協力局人材開発部・研修課長の橋本千代子看護師は、臨床を経て国際医療協力の世界に入った。中南米、アフリカ、アジアへの派遣経験を持ち、現在は国内外の医療人材向けの研修や、途上国における看護関連のプロジェクトの立ち上げなどに携わっている。これまでの海外活動経験や、現在の仕事の内容などについて伺った。

隔月刊ドクターズプラザ2019年9月号掲載

海外で活躍する医療者たち(27)/国立国際医療研究センター

~若い人が海外に出やすい道筋をつくりたい~

ボランティアでの出会いが国際協力へ

―なぜ看護師になろうと思ったのですか。

橋本 最初は看護師というより、学校の養護教員になりたいと思っていました。高校生の頃、よく保健室のお世話になっていたせいかもしれません。でも看護学校を卒業して病院で働いてみたらそれが楽しくなって、養護教員への気持ちは薄れてしまいました。病院では7年間、手術室で仕事をしました。私は、昔は人前でしゃべることが苦手だったので、患者様と会話する必要がない手術室を希望したのです。手術室の看護師は、あらゆる手術を担当します。いろいろな分野の手術手技や、どんどん登場する道具のことを覚えていくことなどが楽しかったですね。その後、3年間は脳外科の病棟に勤務しました。手術室は特殊な場所なので、病棟の経験もした方がいいとアドバイスを受けたからです。脳外科の患者様は、頭部外傷や脳血管障害の方が多いのですが、手術後は発言や行動がちぐはぐな状態だった方でも、ある日突然良くなり、最後は元気に退院していく。そういう姿を見ていて感動しましたし、仕事も楽しかったです。

―では、海外での活動に関わるようになったきっかけは。

橋本 病院に10年ぐらい勤務すると、主任など次のステップの話が出てくるようになります。でも私は、そのままただ役職者になってしまうより別の経験がしたいと思ったので、青年海外協力隊のボランティアに参加し、1991年12月から2年間ボリビアに行きました。そこで私が担当した仕事が、NCGMの先生方が参加しているプロジェクトだったのです。その出会いがきっかけで、ボランティアから戻った後、こちらの病院の病棟で仕事をさせていただくことになりました。当初は、国際医療協力に携わることはあまり考えていませんでした。プロジェクトなどによって何かを改善するといった活動は、現地の方にとっては日常の仕事に加えて余分な仕事が増えてしまうという側面もあります。当時は、そういう難しい状況下での物事の進め方も知りませんでしたし、しゃべることも苦手だったので向いていないと思っていたのです。結核病棟などで2年ほど仕事をしていましたが、国際協力に携わる看護師が少なかったこともあり、1996年に国際医療協力局に異動になりました。ボリビアでNCGMの先生方と出会わなけば、ボランティアだけで終わっていたかもしれません。

基礎保健サービス改善プロジェクトに参加

―これまでどのような国の活動に参加してきましたか。

橋本 まず1997年8月から、東北ブラジル公衆衛生プロジェクトに2年ほど派遣されました。大学の先生や行政の方と一緒にスラム街や山奥の医療が届かないようなところにも入り、地域で健康問題を解決していく地域保健を形成するような活動でした。2000年6月から約2年間は、ミャンマーのハンセン病対策基礎保健サービス改善プロジェクトに参加しました。ハンセン病対策は、地域の患者を発見して、治療と障害予防をしていくことが基本ですが、そういったことを基礎保健サービススタッフに指導していくプロジェクトでした。その後、病院の病棟勤務に戻りましたが、2005年8月から1年間はセネガルの保健人材開発促進プロジェクトにも参加しました。

―直近の長期派遣は、ミャンマーだそうですね。

橋本 はい。ミャンマーの基礎保健サービス改善プロジェクトで、2011年7月から約2年間、チーフアドバイザーとして参加しました。これは、2000年に私が参加したハンセン病対策のプロジェクトから発展したもので、基礎保健サービススタッフが地域の問題を自分たちで見出し、研修を組み立てていけるようにしながら、能力を強化するというプロジェクトでした。基礎保健サービススタッフは2年の教育を受けただけで、地域のヘルスセンターでお産も一次医療も担っているような人たちです。末端のヘルスセンターには医師がおらず、当時は、基礎保健サービススタッフが1人で対応しているケースがほとんどでした。このプロジェクトは、専門家とプロジェクト調整員の2名で、ミャンマー側は政府の担当者1人と部下数人という体制で、年間計画やプロジェクトの方向性、内容などを一緒に作っていきました。研修やその後のモニタリングのために各地域にも行くのですが、対象地域が全国に散らばっているので、車で7〜8時間かかるような場所もたくさんありました。

―ミャンマーでの生活について教えてください。

橋本 特に印象に残っているのは1回目のミャンマーですね。当時、滞在していた第2の都市にはショッピングセンターもスーパーマーケットもなく、買い物は市場しかありませんでした。何をどれだけ買いたいのかを伝えなければなりませんが、私は現地の言葉が分からないし、相手は英語をしゃべらない。豚肉は部位を指定しなければならないので、分かりやすい足を買ってみたらスジだらけだったこともありました。解剖を考えれば、筋肉ですから当然ですよね。鶏肉の場合は1羽単位なので、教えてもらって自分でさばきました。最初はお金も分からなくて、手のひらから取ってもらうような状態でしたが、振り返ると楽しかったなと思います。今はもっと環境も整っていて、こんな経験はできないでしょうね。

―いろいろな国でそれぞれの苦労があったと思います。

橋本 ボリビアやブラジル、セネガルといった中南米やアフリカの国々では、自分の意見をきちんと言わないと認めてもらえません。私が派遣された国々は、スペイン語、ポルトガル語、フランス語と言葉もそれぞれで派遣当初はよく分かりませんでしたし、一緒に仕事をするのは医師が多かったこともあって、自分の意見が言えるようになるまではつらかったですね。初めてミャンマーに派遣されたときには、人々がとても優しくて感動しました。ミャンマー以外にも、短期でラオスやモンゴルにも行きましたが、アジア人は人間的にも仕事のやり方も日本人と通ずるものがあるなと感じました。セネガルでは面白い経験もしました。妻を4人持てるのですが、一緒に仕事をしているだけの人たちから、第2婦人にならないか、第3婦人にならないかと言われました。第1婦人の許可が必要なのだそうで、職場に第1婦人を連れてきて許可をもらっている人もいました。私はお断りしましたけどね。

研修と看護プロジェクト形成の仕事

―現在は、どのような仕事をしておられるのですか。

橋本 研修のアレンジや取りまとめと、海外の看護プロジェクトの立ち上げが主な仕事です。NCGMでは国内外から年間600人ほどの研修生を受け入れています。日本人向けの研修では、毎月1回土曜日に開催している「国際保健基礎講座」(10回コース)、それを3日間にまとめた「国際保健医療協力集中講座」、またより実践的に海外で国際協力の現場も体験する「国際保健医療協力研修」を行っており、NCGMのウェブサイトで受講生を募集しています。

外国人向けの研修には、大きく分けて「国別研修」、「課題別研修」、「個別研修」があります。国別研修は、NCGMが活動しているプロジェクトの相手国の人たちを対象に、プロジェクトに沿った内容の研修を行うものです。NCHMの病院で、実際にどのような取り組みが行われているのかを見てもらうこともできます。課題別研修は、いろいろな国の人たちを集めて、1つの課題について行う研修です。ある程度同じような状況にある国を対象に受講者を募集します。個別研修は、個別の申し込みに応じたり、他の施設が実施している研修の一部分を担当したりするものです。

―看護プロジェクトの立ち上げとは、どのような仕事ですか。

橋本 JICAで実施を決めたプロジェクトについて、JICAや現地の担当者と一緒に、どのようなプロジェクトにするかを作り上げていきます。今は来年開始する予定のモンゴルの看護プロジェクトの準備をしています。現在モンゴルでは、「一次および二次レベル医療施設従事者のための卒後研修強化プロジェクト」を進めています。これは医学部卒業後の初期研修制度に相当するものを作る取り組みですが、医療の質を上げるためには医師だけでなく看護職のレベルアップも必要なので、看護プロジェクトも立ち上げようというとしているのです。これまでに、ラオスやベトナムでも同様のプロジェクトを実施してきました。

途上国では、看護師の免許制度もなく学校の卒業試験でレベルを保っている国や、卒業しさえすれば病院で働ける国などさまざまです。一方、ASEAN加盟諸国の間では、医師、看護師、歯科医師、建築士、会計士などいくつかの技術職について、各国の資格を認める協定が結ばれ、どの国でも仕事ができるようになりつつあります。こういう背景もあって、ASEAN各国で看護師の国家試験、卒後研修、免許の付与と登録、更新といった制度を作る取り組みが広がっているのです。

―では、今後やろうと思っていることは。

橋本 若い人たちがもっと海外に出られる道筋を作っておかなければと思っています。私たちの時代と違って、今はある程度能力を付けてからでないと海外に出にくくなっています。出たいと思っても、本人だけではどうしたらいいか分からないでしょう。でも能力が足りないなら、参加するプロジェクトをターゲットに、例えば国内の行政や大学で研修を受けさせるとか、対象国に1度行ってもらうとか、1年ぐらいかけて準備すればいい。そういう道を作っておきたいと考えています。

―最後に、国際医療協力に興味を持っている人たちにメッセージをお願いします。

橋本 いつも思っているのは、日本の看護がどんなに良くても、相手国にとってはそれが全て正しいとは限らないということです。今では、アジアの国々の状況は日本に近付いてきましたが、それぞれの国には、それぞれに適した看護があります。まずはそういうことを知るためにもいろいろな国の状況を見て、体験してほしいし、適した看護を一緒に考えていける人になってほしいと思います。