2014

05/21

がんにかかることも、その後働くことも稀ではない

  • インタビュー

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がんになった後に働く―。この問題が研究されるようになったのは、ごく最近とのこと。研究が必要なほど、「働くがん患者」が増えているとも言えるのかもしれない。独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センターがんサバイバーシップ支援研究部長の高橋都先生は、がん患者の就労に関する研究、がん体験者の困りごとや、企業向け情報の提供などを牽引している。
 
さて読者の皆さんは、日本人のどれくらいががんにかかるかご存知だろうか。またがんにかかった後に5年生きられる方は、何割程度だと思うだろうか。その答えを知れば、なぜ今この研究が必要なのかが理解できるのではないだろうか。

ドクターズプラザ2014年5月号掲載

巻頭インタビュー/がん患者と就労

企業も、本人も、家族も納得できることがゴール

「稀で、治りにくい病気」ではなくなっている

―先生は現在「がんサバイバーシップ支援研究部」の部長でいらっしゃいますが、「がんサバイバーシップ」とはどういう意味でしょうか。

高橋  聞きなれない言葉かもしれませんが、がんになった後、生きていくプロセス全般のことを意味します。今までは、がんになった直後のことや、人生の締めくくりに近い部分についてはさまざまな研究がされてきましたが、当初の治療を終えて、がんと知ったうえで社会復帰をして生きていくうえで、どのような困りごとがあるかということは、あまり研究されていなかった分野です。国際的にも2000年前後から、がんサバイバーシップに関する研究が注目されており、私どもの「がんサバイバーシップ支援研究部」は、人生の再構築も含めて、がんになった後の暮らしをより長期的に考える研究部門として、国内で初めて2013年4月に発足しました。

―具体的にはどのような活動をしているのでしょうか。

高橋  がんにかかった後を生きるにあたって本人や周囲の人たちが直面する課題については、まだ実態調査もあまり進んでいません。治療後のライフスタイルの変化や、若年患者の恋愛結婚、性的問題や生殖機能障害、就学就労、経済的問題、がん体験の意味など、暮らしに密着した幅広い領域について、まず実態調査をしています。国内の状況に基づいて、本人や周りの方が使えるような支援リソースの開発や、社会啓発、人材育成に取り組んでいます。

―今、がん治療後の社会生活が注目されるのはなぜでしょう。

高橋  がんは、二人にひとりがかかる病気と言われており、ごく一部の方だけの珍しい病気ではなくなっています。一方で、診断と治療が進んできて、現在、がんになった後に5年生きられる方は平均すると約6割です。もちろん、がんはひとまとめでは考えられないので、5年生存率1割のがんもあれば、甲状腺がん、精巣がん、乳がんのように、8〜9割を超えるものもあります。「5年」というのはほぼ治ったと考えられる目安で、5年生きられた方は、ほとんどの場合もっと長生きできます。

―がんというと「不治の病」というイメージがあるように思います。

高橋  一般市民のがんに対するイメージを調査すると、「二人にひとりはがんになる」という正解を答えられる方は1割もいません。また20ぐらいのがんそれぞれについて、「5年生きられるのは何%か」と質問すると、統計的な事実より、皆さんずっと低く見積もっておられます。つまり、一般的にはまだ「がんはまれで、治りにくい病気」という認識だということです。ところが実際は診断や治療の進歩により「がんになったから人生は終わり」という、過去の前提が完全に崩れている。実際がんになった方が社会に復帰していくと、一般市民の偏見や認識とのギャップでいろいろな困りごとが生じてしまうのです。

がんと診断される人の3分の1は働く世代

―先生は、特にがん患者の就労に―先生は、特にがん患者の就労に関する問題に取り組んでおられますね。

高橋  治療後の社会生活の問題の一つとして、がんになったために職場で「戦力外」と判断されてしまうことがあります。本当は十分会社に貢献できる心身の状態なのに、企業側が早まって、その人を「ゼロ」のほうに分類してしまうのです。がんになったご本人も、それまでは実態を知らない一般市民ですし、職場の上司や人事の方もそうでしょう。今までは、がんになったら「働かなくていい」という価値観が一般的だったかもしれませんが、治療後の生活を考えればそうばかりも言ってはいられません。 また2008年のデータによると、2008年に新たにがんと診断された方80万人のうち、20〜64歳が32%と、働く世代が3分の1を占めます。20〜69歳までに拡大すると半分近くです。今後就労人口が減少していくなかで、育成した貴重な人材を、がんだからといって戦力外にしてしまうのは、とてももったいないことだと思いますし、会社が立ち行かない状況にもなりかねないと思います。 もちろん、長く生きられない方、気持の面で前向きになれない方もいらっしゃいますが、働く能力と体力、意欲があるがん患者さんが納得感を持って働ける社会をどう作っていくか、本気で考える時代になっているのだと思います。

―先生自身は、どのようなきっかけで就労の問題に取り組むことになったのでしょうか。

高橋  2010年度の厚生労働省がん臨床研究事業に採択され、2012年度までの3年間、「働くがん患者と家族に向けた包括的就業支援システムの構築に関する研究(以下、がんと就労)」班として活動し、それを引き継ぐ形で、2013年度も1年間のプロジェクトで活動してきました。私自身は研究班が始まる数年前から、35歳未満で乳がんになった方に対して、暮らしの中での困りごとに関する聞き取り調査をしていました。そこでは、仕事の悩みがとても多く語られました。私はそれまでもQOL(生活の質)に関する研究には取り組んでいましたが、もともと内科医で病気を持つ個人のことばかり気にしていたせいか、その人が社会で生きるときの「仕事」について真正面から考えていなかったかもしれません。本当に「目からうろこが落ちる」思いでした。おそらく私にかぎらず、医療者や研究者はそういう状況だったと思います。ちょうどそのころ、厚生労働省がん臨床研究事業の募集がありました。「就労」というトピックも含まれていたため応募したところ採択され、「がんと就労」に関する活動を本格的にスタートしました。厚生労働省の研究班として、がん患者の就労に特化した研究班は初めてだったと思います。

―国としても、がん治療後の社会生活の問題を重要視しているということでしょうか。

高橋 「がん対策基本法」(2007年4月施行)に基づき、同年6月に策定され、2012年度に見直しが行われた「がん対策推進基本計画」の全体目標の一つに、「がんになっても安心して暮らせる社会の構築」が盛り込まれていますから、厚生労働省としてもより「暮らし目線」を重視し始めたのだと思います。また、分野別施策と個別目標の項目には、「がん患者の就労を含めた社会的な問題」という具体的なテーマも盛り込まれました。2012年度の見直しに当たって、私自身もがんと就労に関するヒアリングも受け、その大事さをアピールしてきましたので、一定の貢献はできたのではないかと思っています。

―では「がんと就労」研究班では、どのような取り組みをしてこられましたか。

高橋  これまで、がんと就労について、課題や対応策を解説した教材がほとんどありませんでした。そこで、ご本人、企業の方々、医療者など異なる立場それぞれに向けた教材を作りました。教材の作成に先立ち、2011年12月から2012年2月にかけて、過去にがんと診断されたことがある方とそのご家族を対象に「治療と就労の両立に関するアンケート調査」を行いました。その中で特に興味深かったのは、自由記述です。「診断後の就労に関して対応に困ったこと」、「治療と就労の両立に向けて実践した工夫」、「働くことに関連して知りたいこと」の3点について質問したところ、皆さんびっしりと書いてきてくださいました。その皆さんの記述をもとに作成したのが、「診断されたらはじめに見る 『がんと仕事のQ&A』 〜がんサバイバーの就労体験に学ぶ〜」という80頁の冊子で、患者さんやご家族に活用していただいています。医療者、企業関係者、行政の方々にも好評です。

アンケート調査を行うまでは、日本でがんになった方が、仕事場面でどのようなことに困っているのかさえ分りませんでした。実際、特別なことではなく、かなり日常的なことにも困っておられることが分かりましたし、中には「挫折を味わった時どう対応するか」などのように、人生観に絡むような悩みもありました。私たちにとって、とてもやりがいのある仕事でした。

―そういう困りごとは、がん患者さん以外にも共通するものがありそうですね。

高橋  私たちはがんに特化して活動していますが、難病や障害をお持ちの方、また子育て中や介護といったライフステージの関係でも、いろいろな働きにくさがあると思います。そういう方たちにも、参考にしていただける情報があるかもしれませんね。

企業はどうすべきか分らなかった

―では、企業向けの教材とはどのようなものでしょうか。

高橋 「企業(上司・同僚、人事労務、事業主)のための『がん就労者』支援マニュアル」です。企業の仕組みをよく知っている、産業医や産業看護職の方たちが中心になって作成しました。 内容は、上司・同僚向け、人事労務担当者向け、事業主向け、それぞれのセクションに分かれています。今まで、職場にがん患者が出たら具体的にどう対応したらいいのか分らず、お困りだったのではないかと思います。このマニュアルには、職場関係者はまず何をするべきか、治療医とはどういう風に連絡をとったらいいかなど、かなり具体的な考え方やアクション、ノウハウが、分かりやすく書かれています。

―これまでがんに特化した教材もない中で、企業の方々はどのように対応してこられたのでしょう。

高橋  企業へのヒアリングもずいぶんさせていただきましたが、協力企業のお話を聞いていて、すごく従業員のことを考えてくれていると思いました。それまで会社に貢献してくれた従業員を、なんとかしてあげたいという思いはある。でも一方で、企業はボランティアではありません。その企業活動と従業員支援のバランスをどのようにとるべきか、悩む人事の方が多かったです。企業側の視点で考えれば、がんになってしまった従業員に対して、企業が何らかの支援努力をすることが経営面でメリットになるというデータが出てくれば、積極的に動きやすいかもしれません。ただ、すべてが数字で表現できるわけでもないでしょう。「うちの会社は有病者に対してとても手厚い」となれば、従業員の会社に対する忠誠心や、職場の士気の高まりにもつながるかもしれませんが、それはお金に換算できるものではないと思います。

―有病者に対する企業の対応という広い意味での課題でもあるように思います。

高橋  私はたまたま「がんと就労」というテーマで研究をしていますが、やればやるほど、がんだけの問題ではないと感じています。 その一方で、がん特有の難しさもあると思っています。まずがんの場合は、先ほど述べたように、まだまだ「治らない」病気という偏見があることが一つの特徴でしょう。職場関係者ががんのイメージに振りまわされず、本人の体調や治療計画を正確に把握することがとても大事です。また、ほかの病気や障害と比較すると、がんの場合、特に診断早期や治療中には体調の波が大きいことも特徴です。今の状況と半年後、1年後の状況が違うかもしれません。どのような経過でどんな副作用が予想されるのか。それにどう配慮すれば良いか、職場関係者が参考にできる目安やアドバイスがあれば、対応しやすくなると思います。そいう資料は今後ぜひ作っていきたいと思います。メンタルヘルス不調の方への対応については、企業側が参考にできるような復職の手引きなどの資料が数多く作られています。メンタル不調は職場の体制や勤務体系なども影響されることが多いですから、職場としても力を入れて支援が進みやすかったのではないでしょうか。がんは言ってみれば究極の私傷病ですから、これまで取り上げられにくかったのかも知れません。

―子育てや介護も含めて、事情に応じて働き方を選べるという企業も出てきていますね。

高橋  いろいろな働き方があっていいと思います。普通に出社して通常通り働いて10のお金をもらえるとするなら、在宅ワークや短縮勤務で収入が半分になったとしても、そうしたいという方もいるでしょう。いろいろな選択肢が広がれば、企業側としても貴重な戦力を失わずに済みますから、Win-Winに近づけるのではないかと思います。

企業も本人も家族も、納得できるように

―がんへの偏見に対する対応として、子どもへのがん教育についてはどうお考えですか。

高橋  この活動の中でも、特にアンケート調査をしているときに、教育の必要性を強く感じました。2012年度のがん対策推進基本計画にも、「がんの教育・普及啓発」がテーマの一つにあがっています。がんと生活習慣の関連について教育が進みそうです。子どもへのがん教育はとても注意が必要だと思っています。下手をすると「がんになった人は、生活習慣を整えられなかった人」というような、本人を責める偏見を植え付けかねません。生活習慣との関連はあるとしても、それだけが原因ではないのですから、バランスがとれた教育メッセージをよく考えなければならないと思います。

―先生ご自身がこの活動から得たことは。

高橋  私自身がすごく学んだのは、結局「がんと就労」の問題は誰かを特別扱いして救済することではなく、フェアネス、つまり公正性の問題なのではないかということです。がんになっても十分働ける人がいる一方で、心身の状況によっては働けない人がいるのも事実です。会社で働くということは、労働に対して賃金を支払うという「ノーワーク・ノーペイ」の原則がありますから、企業側が工夫や配慮をしても期待された職務を果たせない場合には、残念ながら働き続けられないこともあると思います。それは仕方がない。でも、現状では働く意欲と能力のある人が、その力を発揮できずに辞めていくケースが多い。それは、本人と職場の双方にとってもったいないことです。働く力をフェアに見極めて、できる配慮をする。そうすれば、本人と職場の納得感は高まると思います。

―今後はどのような活動をしていきたいと考えていますか。

高橋  今後新たに取り組みたいと考えているのは、がんの種類、治療、症状ごとに「職場でできる具体的配慮のガイド」を作ることです。あくまで、一般論をまとめることにはなりますが、よくあるがんの、よくある治療について、どれくらいのタイムスパンで、どういうことが起こる可能性があるのか、どんな合併症にはどういう配慮をするといいのかなど、参考資料を作りたい。症状や状況は患者さんそれぞれ個別性が高いものですが、たたき台になる資料があれば、それをもとにして本人と職場が楽に相談できるでしょう。企業の皆さんに「工夫や配慮をしてください」といっても、ゼロから考えるのは無理です。一般論ですべてを解決することはできませんが、リストアップされた情報をベースに考えていただければ、工夫や配慮もしやすいのではないかと思います。

―活動のゴールはどこにあると思いますか。

高橋  がん体験のない方を対象としたがんイメージ調査の中で、家族や友人など、身近にがん体験者がいる人は、がんに対して事実に近いイメージを持っている、つまり偏見が少ないということが、数字として表れました。知らないということが、偏見を生んでいることを表す興味深い結果でした。またそういう意味では、がんになっても働き続けている同僚と一緒に仕事をするという機会は、がん体験のない人にとっても、大きな学びになるのだと思います。 現在はまだ、「がんになったからゼロ」と判断してしまう状況が少なからずあります。その人の状態を見極め、配慮をして働いてもらう。そのプロセスと結果について、本人も、会社も同僚も、家族も、治療医も、みんなが納得できるような形を実現することが、ゴールではないかと思っています。そのために、関係者が連携し、情報を共有できるような仕組みを作っていきたいと考えています。

診断されたらはじめに見る「がんと仕事のQ&A」

Q1:通院のため有給休暇を申請するとき、理由を聞かれることがあります。答えなくてはいけないのでしょうか。

A1:有給休暇は労働者の権利ですから、本来、申請時に理由を伝える必要はありません。ただし、通院への理解や仕事上の配慮を職場から得たいと考える場合は、伝えたほうがよい場合もあるでしょう。また、上司としてはあなたとのコミュニケーションを大切にしたい、あるいは心配してくれているのかもしれません。必ずしも細かく、あるいは正確に伝える必要はありませんが、大ざっぱでもいいので説明してあげると納得するかもしれません(「がんと仕事のQ&A;1章 仕事とがん公表」より)。

Q2:採用面接で病歴を公表したら、不採用になりました。法的に問題ではないのでしょうか。

A2:不採用の理由が病歴なのかどうかはっきりしないので、直ちに法律的問題があるとは言い切れません。職務上、病名を告げたほうがよい場合、会社側に病名を伝え、ご自分の状況をきちんと説明することは、適切な配慮を得るためのコミュニケーションとしてとても重要かつ有効です。ただし、採用時にもっとも重視されるのは、あなたの職務遂行能力です。状況を説明するとともに、働き手としてのあなたの能力や長所を最大限アピールしましょう。障害者枠で面接を受ける際には、障害者手帳の提示が必要になりますので、その場合には現在の症状をきちんと説明することが必要になります(「がんと仕事のQ&A;1章仕事とがん公表」より)。

■「がんと仕事のQ&A」の主な内容;1章/仕事とがん公表、2章/働き方の問題、3章/お金と健康保険、4章/家事や子育て
※ 厚生労働科学研究費補助金がん臨床研究事業「働くがん患者と家族に向けた包括的就業支援システムの構築に関する研究」

●「がん就労者支援マニュアル」「がんと仕事のQ&A」は、「がんと就労」(厚生労働省がん臨床研究事業)のホームページから、ダウンロードできます。

ホームページ;http://www.cancer-work.jp/