2017

09/15

「限界」を広げるサポートが国際保健医療協力

  • 国際医療

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今号は、人材開発部・研修課の本田真梨先生にお話を聞いた。本田先生は学生時代から一貫して小児科を志望。大学卒業後は小児科の研修医として勤務した後、今年4月から国際医療協力局に入職した。小児科医、また国際保健医療協力を目指した理由、研修中のカンボジアへの派遣で感じたことやこれから取り組みたいことなどを伺った。

ドクターズプラザ2017年9月号掲載

海外で活躍する医師たち(19)/国立国際医療研究センター

国際医療は、すでに日本の医療の一部になっている

国際臨床レジテントプログラムでカンボジアへ

―今年4月に国立国際医療研究センター(NCGM)に入職して4カ月ほど経過しましたが、これまでどのような仕事をしてきましたか。

本田 主に二つの仕事を担当しました。

一つは、JICAの課題別研修です。NCGMでは、アフリカ仏語圏地域における妊産婦の健康改善をテーマとする研修を長年担当しています。フランス語圏のアフリカの国々から、保健省や地方省庁の母子保健の担当者を日本に招いて、日本の妊産婦の健康改善の取り組みを見ながら、自国でどのように実践していくかを学ぶ研修で、そのコースリーダーとして準備をし、7月に開催しました。

もう一つは、臨床活動と国際保健医療協力研修を組み合わせた国際臨床フェロープログラムのカリキュラム作成です。昨年度までは、大学卒業後、2年間の初期研修を終えた人を対象とした国際臨床レジデントプログラムがあったのですが、新専門医制度に対応するために、今年度からは専門医を取得した人、あるいは取得見込みの人が対象となりました。医師になって数年の人と、6〜7年経験してきた人とでは、研修に求めるものや目的意識も異なりますので、研修後の進路をどう考えるかということも含めた、国際保健協力研修部分の新たなカリキュラムの作成に関わってきました。

―このプログラムに参加するのは、国際保健医療協力に関心がある方だと思いますが、その後の進路として、どのようなものがあるのですか。

本田 国際保健医療協力に携わるにも、いろいろなアプローチがあると思います。NCGMのような機関で仕事をするという方法もあれば、WHOなどの国際機関を目指すという人もいますし、大学での研究という形で関わっていく人もいます。また公衆衛生的アプローチに限らず、海外でも緊急支援などの現場で臨床の面から取り組むという方法もありますし、国内で増加している在日外国人や海外からの旅行者のケアという方法もあると思います。どのような道を選ぶとしても、この研修はとてもいい経験になると思います。日本と世界はなだらかに続いているので関わり方や濃淡の差はあっても、皆さん何らかの形で国際保健医療協力に関わっていくのだろうと思います。

―本田先生も研修医時代に、国際臨床レジテントプログラムに参加したそうですが、どのような経験をしましたか。

本田 プログラムの内容は、毎年改善や見直しが行われているので、年によって内容が異なります。私の主な活動は、カンボジアの国立母子保健センターの新生児室で、臨床面のアドバイスをするものでした。2015年度には、1カ月程度の出張で6回カンボジアを訪れました。私は小児科の臨床医でしたから、同じ医療現場ということもあって、取り組みやすかったです。医療行政やマネージメントにも興味があったので、派遣先の病院の院長先生や新生児科の医長先生が、国の新生児ケアの会議に参加する時には同行させていただきました。ちょうどタイミングよく、WHOの西太平洋事務局とNCGMが共同で開催する、早期新生児ケアをテーマとした西太平洋8カ国の会議も開催されたので、運営のお手伝いもすることができました。結果的に、現場の医
師や看護師の仕事から、国の新生児医療の方針、もう少し広い西太平洋地域に対するWHOの取り組みなど、いろいろな層を見ることができて良かったと思っています。

―カンボジアの生活はいかがでしたか。

本田 滞在していたのがプノンペンだったこともあって、生活面で困ることはありませんでした。屋台や病院の食堂なども利用しましたし、自炊もしました。市場の人たちは英語を話しませんし、現地の言葉、クメール語は難しくて、何となく身振り手振りで買い物をしていました。カンボジアの人たちは優しいので、助かりましたね。病院の医師や看護師には仲良くしていただき、休みの日には郊外へ遊びに連れていってくれました。日本に帰る時に、一番面倒を見てくれていた現地の医師が冗談っぽく私のことを「Tiger」と言ったので、意味を尋ねたら、「これまでに来た3人の研修生の中で、一番厳しかった」と言われました(笑)。確かに、できるだけ書類の提出期限などを守ってもらえるように、顔を合わす度に「あれ、お願いしますね」とにこやかに声を掛けていましたが、そんな風に思われていたとはびっくりしましたね。

現地の新生児医療の現実に悩んだ

―本田先生は、いつごろ、なぜ医師になろうと思ったのですか。

本田 今思うと、小さいころから医師になりたかったのかなと思います。母は特別支援学級の先生をしていたので、障害児の教育などにも関心が高く、母が観ているテレビや読んでいる本などに影響を受けたような気がします。祖母も、点訳や音読のボランティアなどをしていました。読書が好きだったのですが、小中学生のころには、闘病記や児童虐待、障害児などに関する本を読んでいた記憶があります。

中学生の時に、将来は保健医療分野の仕事に就きたいと思い、当時思いついた職業の中では、いろいろなことができそうな医師がいいかなと考えたことを覚えています。卒業アルバムにも「医師になりたい」と書いてありました。

―医師の中でも小児科を選んだ理由は。

本田 一つの理由は、母の影響で本を読んで、障害児や児童虐待などに興味を持ったことですね。こういう人たちの助けになるような仕事をしたいなと思っていました。もう一つは、生殖医療がきっかけです。中学生の時に「クローン羊のドリーちゃん」が話題になって、子どもながらに「なんて凄いんだ!」と感動しました。生まれながらの障害には治らないものもありますが、こういう技術があれば、生まれる前から治せるのかもしれないと思い、生殖医療に興味を持ちました。

当初は産婦人科かなと思っていましたが、大学で新生児医療という分野を知りました。生まれた直後にうまく治療することで障害が残らなくなったり、手のひらに乗るくらい小さく生まれても健康に育ったり……。そういうところに感動しました。生まれる前からその後の発育まで携われる科として小児科を選びました。

―では、国際保健医療協力に興味を持ったきっかけは。

本田 父の仕事の関係で、4〜10歳までマレーシアに住んでいました。ペナン島の街中だったので、豊かとはいえないまでも、貧富の差はあまり目立たなかったように記憶しています。でも例えば隣のタイに行くと、手足の無い物乞いの子どもが道端にたくさんいるのを見て衝撃を受けました。また学校の用務員のおじさんの家に遊びに行ったら、隙間だらけのバラック小屋のようで驚きました。その後日本に帰ってみるとまた全然違って、世界にはいろいろな場所があって、差があるんだなと思いました。こういう経験が、国際協力の分野で働きたいと思ったきっかけなのかなと思います。

学生のころから、国際保健医療自体には関心があったものの、少し漠然としていて、どうやって関わればいいのかよく分かりませんでしたが、これまでの臨床やカンボジアでの経験を通じて明確化できてきたような気がします。

―カンボジアの新生児医療の現場では、どのようなことを感じましたか。

本田 カンボジアでは、まだまだ亡くなる子どもが多いのが現状です。カンボジアと日本では死生観も違いますし、可能な治療のレベルも違います。その後の発達支援や障害が残った際のサポートはまだまだ整備されていません。そのような状況の中で、目の前の子どものためにどこまで治療ができるのか、カンボジアのスタッフと一緒に考えるのが難しかったです。もう少しできるのではないかと、カンボジアの医師に提案したこともありますが、部外者の私がどこまで言えるのかととても悩みました。

でもカンボジアの医師も決して簡単に諦めているわけではなく、彼らの中でできることは精一杯やっています。彼らが感じている限界をいろいろなサポートによって少しずつ広げていくのが、国際保健医療協力のできることなのかなと思います。

新生児室のスタッフと

現場をサポートする仕事をしたい

―国際保健医療協力の中で、どのような分野の仕事をしたいと考えていますか。

本田 臨床の現場より、行政やマネージメントなど少し上の層で、もう少し広く関われたらいいなと思っています。日本の臨床では、予防接種、乳幼児健診などの公衆衛生、児童虐待や特別養子縁組、重症心身障害児や在宅医療など社会的な問題に関わる機会がありましたし、カンボジアでは、知識量は私たちと変わらなくても、器械も薬も環境もなく、方法を指導されたこともないのでできないという現実を見ました。やはり現場だけでは限界があると感じているので、現場をサポートするような仕事をしたいと思っています。

―今後はどのような予定ですか。

本田 9月から1年間イギリスに留学して、公衆衛生について学ぶ予定です。私は、新生児や発達、障害だけでなく、もう少し広く平等に医療・福祉を提供することや、生涯を通じての健康という意味での、病気や障害がある人の社会参加支援や高齢者の尊厳などにも興味があります。今までの臨床での経験と、これから身に付けていく公衆衛生の基本知識とを合わせて、どういう取り組み方が自分に向いているのかを見つけられたらいいなと思っています。私はどちらかというと、決めたことに向かって一直線に進むタイプですが、まだ国際保健医療協力の世界に入ったばかりなので、今のうちは少し視野を広くして、アンテナを張っていこうと思っています。

―最後に、読者にメッセージをお願いします。

本田 海外との行き来がこれだけ簡単な時代ですから、国際保健医療は誰にとっても身近なトピックであり、切り離して考えることはできなくなっていると思います。例えば日本国内でも、旅行者や在日外国人、感染症の輸入などの問題があります。国際保健医療に直接的に関わるかどうかではなく、それも今の日本の医療の一部だと思ってほしいですね。