2013

12/23

「手洗い」について考える

  • 感染症

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内藤 博敬
静岡県立大学環境科学研究所/大学院食品栄養環境科学研究院 助教。短期大学部看護学科 非常勤講師、静岡理工科大学 非常勤講師。専門は環境微生物学、病原微生物学、分子生物学、生化学。ウイルスや細菌の感染予防対策法とその効果について、幅広く研究を行っている。

ドクターズプラザ2013年12月号掲載

微生物・感染症講座(36)

感染予防の視点と心理学からの視点

はじめに

インフルエンザやノロウイルスなどを原因とする感染性胃腸炎が流行するこの時期、感染予防としての手洗いが奨励されます。2009年に起きた新型インフルエンザのパンデミック時には、石鹸での手洗いだけでなく、より医療現場に近い手洗い法が推奨されました。一方で、手洗いには気持ちを入れ替える効果があることもわかっています。失敗した時の挫折感を軽減するなど、良くも悪くも水に流す効果が手洗いにはあるのです。今回は、この「手洗い」という行為について、少し考えてみましょう。

感染予防として大切な「手洗い」は心理的にマイナス!?

感染症の原因は病原微生物で、空気、水、土、食べ物、ヒトやペットなど、至るところから我々に襲いかかってきます。私達は空気を吸って呼吸をしていますし、水を飲んだり食べ物を食べなければ生きてゆくことができないので、生きている限りは感染症に掛かるリスクと常に背中合わせでいるのです。このリスクを少しでも軽減しようと、ヒトは様々な感染予防策を考えてきました。中でも「手洗い」は、もっとも簡易に行える感染予防法といえるでしょう。どうして手洗いが感染予防になるのかというと、ヒトを含む霊長類は手指を上手に使って、作業をしたり食事をする生き物だからです。人間は様々なモノに触れた手指を、消化器や呼吸器の入口である口唇へと無意識のうちに運んでしまうことがあります。もしも、手指に病原微生物が付着していたら、感染してしまう可能性も否定できません。また、手指についた汚れは、時として微生物の餌になってしまうことがあるため、手指を清潔にしておくことは、病原微生物を手指で増やさないためにも大切なことなのだと、読者のみなさんもよく御存知のことでしょう。

ところが、オスナブリュック大学(ドイツ)のKai Kaspar 博士が行った実験で、手洗いのマイナス効果が報告されてしまったのです(*1)。博士は、不可能な課題を与えてわざと失敗させ被験者を二つのグループに分け、一方のグループだけに手洗いをさせて、新たな課題に取り組ませました。すると、手洗いをしなかったグループの方が2回目の課題の成績が優秀だったというのです。博士は、「失敗の後に手を洗うと、失敗に対して区切りを付けることができる。しかし、同時にさらに頑張ろうとする意欲も洗い流されてしまう。」と考え、「手洗いは、身体の汚れを取り除くだけでなく、精神的にいくつかの作用があるのだろう。」と考察しています。失敗に対して楽観的になることは必ずしも悪いことではありませんが、成績が下がってしまうのは困りますね。

何事もバランスが大切!!

先述の新型インフルエンザがパンデミックを起こした時、石鹸での手洗いに加えて、病院で手術の際に行われるブラシを使用した手洗い「スクラブ法」や、腕や指間を石鹸で擦り洗ったり消毒薬で揉む「擦式手指消毒(ラビング法)」なども推奨されましたが、毎回そこまでの手洗いをした方は少ないでしょう。我々の身体の表面にも微生物が常在していて(*2)、外から侵入しようとする病原微生物から私達を守ってくれているので、彼らまで減らしてしまうのはかえって危険です。また、過度に手洗いをすると、表面の微生物だけでなく私達の手のひら(掌)の油脂分が抜けてしまい、いわゆる手荒れを起こしてしまいます。とはいえ、軽くすすいだだけでは指紋や掌紋から常在微生物が浮き出てしまって周囲を汚染してしまうので、しっかりと洗い流すことが大切です。そう、手洗いもバランスが大切なのです。最近の研究では、微酸性電解水やオゾン水などの機能水で洗い流すことで、消毒薬を使わずとも有機物や微生物を低減できることが分かってきました。正しい知識や新しい情報に耳を傾け、この冬もしっかりと感染症予防を心掛けましょう。

 

(*1)Kai Kaspar, Washing One’s Hands After Failure Enhances Optimism but Hampers Future Performance., Social Psychological and Personality Science – Online, Apr. 2012
(*2)我々の身体はおよそ60兆個の細胞からできていますが、身体の内外で共生する微生物の数はおよそ100兆個と考えられています。