2013

04/22

「五月病」になったら、楽しめることで気晴らしを

  • メンタルヘルス

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5月の連休明けごろから、元気がなくなり休みがちになる人を、「五月病かもしれない」などと言うことがある。この「五月病」とは、いったいどういう病気なのだろうか。また五月病になりかけたら、あるいはなってしまったら、本人や周りの人たちはどうすればいいのだろう。本誌で連載をお願いしている、立正大学心理学部教授の西松能子先生に伺った。

ドクターズプラザ2013年4月号掲載

うつ病は対処方法が異なるので注意

巻頭インタビュー:西松 能子氏(立正大学心理学部教授・博士〔医学〕)

大学生に起こった現象がきっかけ

──「五月病」とは、どういう病気なのでしょうか。

西松 「五月病」とは、医学的な診断名ではありません。ある症状の塊についてのニックネームのようなものです。現在名古屋で桜クリニックの名誉院長をしていらっしゃる笠原嘉(かさはらよみし)先生が、京都大学保健管理センターに勤務しておられたときに、一生懸命受験勉強をして大学に入ったのに、5月の連休明けごろから学校に来なくなってしまう学生たちがいることに気が付いたのが最初です。そういう学生たちの話を聞くと、大学に失望したとか、つまらないとか、やる気がないとか言うけれども、サークル活動や自分の好きなことは熱心にやっている、これはどうも「うつ病」ではないようだ、米国のウォルターズ(Walters)という精神科医が報告していた「StudentApathy」の症状と似ていたので、笠原先生はそれらの現象を「スチューデント・アパシー」と名付けました。5月に起こることが多いので、後に「五月病」と呼ばれるようになり、マスコミに取り上げられて広まりました。

──「五月病」は、学生だけでなく社会人にも使われているようですが。

西松 もともとは学生の怠学現象を指していましたが、社会人にも良く似た症状を示す人たちがいることに気付かれるようになりました。厳しい就職活動を乗り越えて入社した自分は勝者だ、就職したらこんなこともしたい、あんなこともしたいと思っていたのに、会社に入って見ると実際にはそう思い通りにやりたいことができるわけではありません。入社した当座の4月は、緊張して出社していましたが、5月の連休明けごろになると、会社に行けなくなってしまいます。

──「五月病」の原因は、がんばった自分、期待とのギャップなのでしょうか。

西松 もちろんそうならない人もいっぱいいるわけですから、理屈として一直線に繋がるかどうかはわかりませんが、少なくともそういう状況の中で、無気力・無力感を示す人たちがいるのは事実ですね。五月病と呼ばれている人たちの中にはうつ病の人もいるかもしれないし、適応障害の人もいるでしょう。あるいは、その人の人柄に由来する場合もあるでしょう。いずれにしても、新しい環境の中でさまざまなストレスを消化しきれずに、心身の症状が出たということです。

原因として、環境の問題なのか、本人の問題なのかというと、そんなに単純な話ではなく、誰にも起こり得ること、たまたまかぎと鍵穴のように間が悪く環境のストレスと本人の資質が重なり五月病と呼ばれる症状に至ったと考えるのが良いでしょう。

──50歳や60歳で同じような状態になったら、やはり「五月病」ですか?

西松 例えば50歳の人が転職して新しい会社に行って、しばらくしたら会社に行くのがイヤになったというのはあるかもしれませんし、構造の類似という意味ではいろいろな世代でも考えられます。でも五月病というニックネームの共通認識としては、学生に始まり、新入社員、第二新卒あたりの若い就業者に応用して使われているのではないかと思います。

何かさせる、気晴らしをすることが大事

──「五月病」の症状というと?

西松 学校や会社に行けない。「アパシー(Apathy)」、つまり無力感、無気力のために引きこもってしまう。でも自分が好きなこと、サークル活動や友だち付き合いはできる。このあたりがうつ病とは違う点ですね。

笠原先生は後に五月病と呼ばれるようになったスチューデント・アパシー(※)の特徴を次のように述べています。

・アイデンティティの葛藤と自己の進路喪失が認められる。
・心理状態としてアンヘドニア(快体験の喪失)が認められる。
・本業領域からの部分的撤退という陰性の行動化を繰り返す。
・病前性格として、強迫傾向、回避的性格、勝敗への過敏症が認められる。
・新たな診断分類として退却神経症を提唱した。

つまり、笠原先生は神経症圏内の疾患、今でいう適応障害を考えていたと思われますね。

──病院を受診すると、どのような診断になる可能性がありますか?

西松 医学的に診断をするならば、負荷状況に反応して起こる適応障害とかうつ病、あるいは会社人としての自分を受け入れられない、大学のやり方に馴染めないなどからくる同一性の問題と言われるかもしれません。五月病はあくまでもニックネームですから、病院で「五月病」と診断されることはありません。治療も、医学的に診断された病気それぞれの治療法、薬物が使われることになります。

──「五月病」というと「ダメな人」というイメージを持たれることもあると思います。

西松 先ほど申し上げましたように、五月病は誰もがなり得る状態です。このような退却行動がある程度社会の中で目立つということは、社会から見たら貴重な人材が失われるということなので、「五月病」という名前を付けてみんなで注目し、五月病にならないためにどうしたらいいか考えることが大事です。企業にとっては、人事の課題ともいえるでしょうね。

──「五月病」になりやすい人はありますか?

西松 笠原先生も書かれているように、枠組みをきちんとして几帳面でいたい人(強迫傾向)、こうでなければならないと思っている人(勝ち負けにこだわる人)の方がなりやすいかもしれませんね。また、大学入学までは、就職までは人の言うとおりにしてきただけ、自己決定は回避してきた人もなりやすいと言われています。ただ、今は典型的な人柄のエビデンスが出ているわけではないので、誰でもなり得るというのがやはり正しいと思います。

──もし家族が「五月病」かなと思ったら、どのようにしたら良いでしょう。

西松 適応障害や軽度のうつ状態に近いと考えると、活性化運動というのが役に立つでしょう。何もしない、させない(do nothing)よりも何かする、何かさせる(do something)のがいいでしょう。「頭の中が心配でいっぱいだから、別のものを入れなさい」というのですが、何かをさせる、気そらし、気晴らしが大事になってきます。休日は好きなことをして楽しんでみるとか、適度な運動とか、学校に行かれないなら、好きなアルバイトをさせてみるというのも糸口になることがあります。

適応障害や軽症のうつ病であれば、休みの日や好きなことなら楽しめます。まったく気分が晴れず常にうつ状態が続くようなら、中等度以上のうつ病になっている可能性もあります。重いうつ病の場合は対処方法が異なりますので注意してください。

──もし社員が「五月病」かなと思ったら、上司や会社はどのような対応をしたら良いのでしょうか。

西松 今まで申し上げたように、五月病だから五月が終わったら治るというわけではありません。勤怠不良の始まりや無気力な発言に気づいた場合、まず話を聴くことです。現代の新入社員たちは、家庭では大事な一人か二人の子供として成長しました。十人も子供がいれば、親も過保護になりようがありませんが、今や一人の親が一人の子供を見たり、二人の親が一人の子供を見たりする時代です。新入社員たちは、家庭ではやむを得ず過保護に育ち、挫折しそうな場合は親が手を変え品を変え助けて成長してきました。学校では「個を尊重され、平等な教育」をされ、
社会は成熟し、あからさまな勝ち負けを強制してきませんでした。しかし、入社するやいなやノルマが課されたり、容赦なくミスを指摘されるようになります。新入社員の「傷つき」には、会社の論理で説得しても傷口を深くするだけです。まずは傷つきには共感する姿勢が必要です。しかし、「不平」には加担しないことも大事です。また、部下が「不利」にならないように配慮する必要があります。感覚的、感情的な捉え方をしていることがわかるように会話を進め、本人の不利にならないような行動へ導く工夫をしましょう。つまり、状況を客観的に捉えられるようにするということです。

──企業にとっては、人事の課題とのことでしたが、企業は復職支援体制を整えていなければいけないということですね。

西松 もちろん、休職に至った場合には、復職支援体制も必要です。これらの復職支援体制については、厚生労働省から「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」

(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/index.html)

がありますから、参考にしてください。むしろ人事としては、休職の予防が大事ではないでしょうか。ぽつぽつと休み始めた時に、上司と新入社員の間に立ち、職場からの期待や支持を伝え、新入社員が等身大の自分と向き合って与えられた仕事をこなしていけるように支援することが大事だと思います。新入社員の悩みを聴く場を設けることも大事ですが、上司や先輩が自分の価値観(協調性、集団の和、自己犠牲など)について対自化していくことも重要だろうと思います。

※ アパシーシンドローム 高学歴社会の青年心理(1984年 岩波書店)

■適応障害とは

ある特定の状況や出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるもの。例えば憂うつな気分や不安感が強くなるため、涙もろくなったり、過剰に心配したり、神経が過敏になったりする。また、無断欠席や無謀な運転、喧嘩、物を壊すなどの行動面の症状がみられることもある。ICD-10(世界保健機構の診断ガイドライン)によると「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」と定義されている。

出典:厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」http: / /www.mhlw.go. jp/kokoro/

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