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「トイレ大国」日本

病院建築

服部 敬人
株式会社伊藤喜三郎建築研究所
設計本部 プリンシパルアーキテクト
一級建築士 認定登録医業経営コンサルタント
ドクターズプラザ2021年1月号掲載

病院建築(9)

「うんこ」をテーマにした漢字ドリルや、「トイレ」には神様がいるとの楽曲がベストセラーになったこと、記憶に新しいのではないでしょうか。「うんこ」「トイレ」という、どちらかというと恥ずかしい言葉が、素直に受け入れられる社会現象には独特なものがあります。日本人にとって、排泄物は自然の有形物、身体世界の一部と捉えられているからでしょうか。欧米では、禁欲的な宗教観が影響して、トイレが住居の中にあることさえも否定されていた歴史があるのです。近代日本は人糞を肥料として利用することで街の衛生を保ち、現代日本は「トイレ大国」と呼ばれるほど、衛生ツールが盛りだくさんです。

トイレからは逃げられない

トイレは病院の感染管理を語る上でも避けて通れません。病院の感染源として、人から人への伝播、物から人への伝播、どちらにも当てはまるのがトイレです。病院の集合トイレは不特定多数のさまざまな外来者が利用します。特に個別ブースは間違いなく密室です。そして、便器に腰掛けることで肌に直接接触し、いくつもの手掛かりを介します。

また、排泄は生理行為だけに避けて通るわけにはいきません。いやでも、尿意便意を感じたら、トイレへ駆け込むしかないのです。病棟の患者さんは、排泄行為自体が回復のバロメーターであり、自立のための尊厳としての特別なスペースとなります。トイレは感染源を断つべき特別なターゲットなのです。

トイレット・プルーム

数あるコロナ禍のニュースの中、トイレにまつわる興味深い報告があります。水洗トイレを流す際に、水の渦によって飛沫が空気中に放出し、感染源になるとの報告です(※1)。この現象は、「トイレット・プルーム」と呼ばれ、飛沫は便器の表面や周囲の床、壁をも汚染します。プルームとは、もくもく立ち上がる煙や水柱のことです。

このような報告もあってか、計画中の施設では、「便器に蓋を設けるべきである」との要望が出ています。しかしながら、せっかく蓋を設置しても水を流す前に蓋を閉めなければ効果はありません。また、蓋を手で開閉することになれば、かえって蓋を触ることにより感染源になるのではないかとの指摘もあります。そうです、水を流す前に蓋が閉まる便器があれば良いのです……とイメージしていましたら、つい先日製品化されたようです。

おしりを直接洗う日本独特の習慣

清潔なハイテクトイレは、日本人の自然観、寛容性、ものづくりの卓越性が作り上げたものでしょう。トイレとバスを同一空間、サニタリーとして扱う欧米とは違い、トイレを独立の部屋、あるいは家屋として設えてきた歴史性も興味深いものです。これには、湯船につかるという日本の入浴文化も影響しているのです。高温多湿な夏季と寒冷乾燥の冬季という四季、気候風土が、日本人のお風呂好きを生みました。トイレと浴室は別々の空間として、その清潔感と設備機器が世界から注目されるようになったのです。

ハイテクトイレの先陣は、日本が世界に誇る「温水洗浄便座」です。おしりを洗うだけではなく、暖房乾燥から、脱臭、擬音装置まで、まさにハイテクノロジーの集積です。トイレットペーパーを数枚重ねても、手指からウイルスが検出されることもあるようですので、おしりを直接洗う日本独特のトイレ習慣は、感染管理には大いに効果があると感じるのは私だけではないはずです。蔓延している新型コロナウイルスを抑え込むためにも、日本のトイレ事情はプラス要因となっているのです。

ハイテクトイレからスマートトイレへ、そして……

コロナ禍にあって、病院からは感染管理に関わる相談がいくつもあります。その中で、共用トイレをきれいに改修したいとの依頼がありました。まず、レイアウトを工夫して廊下からの扉を取り外し、接触感染を防ぎます。多目的トイレの扉は自動扉に改修します。照明、蛇口、ソープディスペンサー、洗浄スイッチなど、センサースイッチに切り替えます。内装についても、床がタイルであればシート系の材料に、巾木も巻上のサニタリータイプに、壁も拭き取りの可能な抗菌性のものに改修します。また、和式便器であれば洋式に、さらに、清掃性を考慮した場合は、床置きではなく壁掛けにします。また、空気感染の防止のために、個別ブースでは欄間を開放して密室をつくらないようにします。また、換気口の位置はブースの上部や便器の背面に設けます。汚染があった場合でも空気がよどまないようにします。

便器に座り用をたすだけで、体格測定、バイタル測定、排泄物の分析などの健康管理と、生活指導をしてくれるスマートトイレの開発が進み、実用化されつつあります。近い将来、排泄後自動で便座を消毒する装備や、感染症を検知し分析までしてくれる装置が登場するはずです。病院のトイレは、患者の健康管理だけではなく、院内の感染管理をコントロールする重要な設備となることでしょう。もはやトイレは汚いからキレイを通り越し、医療の最先端を担うメディカルツールへと進化しているのです。

ドクターズプラザ2021年1月号掲載

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