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興味があることや出会ったものを吸収していきたい

野島大輔 さん

IFMSA-Japan

獨協医科大学医学部4年

医療系学生インタビュー(28)

銀行員への道を考え直し医大へ。回り道は無駄ではない

―いつ頃から医師を目指しましたか?

野島 僕の両親は医者ですが、開業医ではないこともあってか、子どもに医者になれと言ったことはありませんでした。自分の好きな道を選びなさいと言われて育ちました。大学は早稲田の国際教養学部に進み、銀行員を目指していたんです。それで、大学3年生の時、就活を視野に入れて銀行でインターンシップを体験しました。すると、自分が思い描いていた銀行員の姿とは全く違う現実がそこにありました。それで「自分は何をすべきなんだろう」と迷い、ひとまず就活を止めてしまったんです。それまで、やはり親の影響もあって何度か医学部に進むことを考えた時期もありました。それでまた医学部に入学し直すことも考えたのですが、親から「とにかく早稲田は卒業しなさい。先のことは慌てず、きちんと考えて決めなさい」と言われました。それからしばらくは、自分探しの期間でした(笑)。

―自分探しの期間は、どんなことをしていましたか?

野島 就活をやめた後にハリウッド在住の日本人作曲家の方と知り合い、マネジャーを頼まれてしばらくお世話になっていました。その方は、世界中を回りながら自分自身を追い求めていました。その生き方に感銘を受けて、ついていってみようと思ったのです。僕自身、音楽をやっていたこともあり、とても楽しく勉強になる日々でした。その後、レコード会社から引き抜きを受けたのですが、会社で働く自分がどうしてもイメージできませんでした。それで、自分の将来を考えてみたのですが、やはり医療の道へ進みたいと思い、早稲田大学を卒業した後、医大へ進学することを心に決めました。

―医師になろうと思った決め手は、何だったのでしょうか?

野島 就活時に一度見つめ直し、尊敬できる人のもとでやりがいのある仕事をしている時に、また一度立ち止まって考えました。そういった経験を踏まえ、40歳、50歳で何をしていたら後悔しないかと突き詰めたら、やはり医者だったということだと思います。

―影響を受けた人はいますか?

野島 内科医だった母は、僕と妹を育てている10年間ほど仕事を離れていました。復帰するということになった時、医療の進歩が著しかった10年間の遅れを取り戻すために必死で学んでいました。さらにその頃、家庭医の資格も取得しました。そういう努力を見ていたこと。そして、家庭医として往診などをするという、僕たちにも目で見て分かる医療を提供していたことから、医者になるならこういう医者になりたいと思っていました。また産科医である父は、休みの日でもよく緊急で呼び出されたり、宿直も多かったりと、患者さんのために忙しくしていました。自分を律し技術を磨いて人と社会に貢献する。その姿に影響を受けていると思います。

固定観念にとらわれず、動きながら道をつくっていきたい

―今はどのような生活サイクルですか?

野島 学校では6限、7限まで授業がびっしりです。週に2回、カフェでアルバイトをしています。その他は医学生の国際団体であるIFMSAの活動もしています。

―IFMSAではどのような活動を?

野島 獨協医科大学に支部を立ち上げ、コンセプトワークやイベントなどを企画、実施しています。東北大学など他大学と合同の企画もあります。獨協医科大学の支部は「ゆるい活動」をコンセプトに、それぞれが無理をせず長く続ける活動を目指しています。今、僕は臨床交換留学の担当で、日本から留学する医学生のサポートや、海外から日本に留学に訪れる医学生の受け入れ態勢などを整える役目を担っています。大きな仕事の一つが、契約先を増やすこと。何だか営業マンみたいですが(笑)、8月に行われたIFMSAの世界大会で、各国の交換留学担当者と交渉をし、契約を取り付けました。昨年8月の大会では、オマーン等の中東の国、クルド人自治区の担当者と話し合って契約を結びました。今まで医学生としては行き来の少なかった国々なので、新しい風を吹き込むことができたかなと手応えを感じています。

―アルバイトにIFMSAの活動と積極的に行動されていますが、その原動力は何なのでしょう?

野島 あまり意識したことはありませんが、せっかくの人生、やりたいこと、できることがあるなら自分を追い詰めていないと損な気がします。どんなことも無駄になりません。例えばカフェでのアルバイトでは、お客様のニーズを察する力を身に付けるためのトレーニングを受けます。人の気持ちを察することや、コミュニケーションや接客のノウハウを学ぶことは、医者という仕事にも自分の人生にも役立ちます。

―将来の目標は?

野島 近々の目標は留学です。IFMSAのプログラムを活用して留学できたらいいですね。今は内分泌系やホルモンの分野に興味があります。実際に病院研修が始まれば、また考えが変わると思いますし、それは自分でも楽しみです。一つのところに落ち着くというよりは飛び回りたいタイプなので、これからも動きながら自分の道を模索していくのだろうと思います。最終的には、英語を使って仕事をしたいと思っています。

ドクターズプラザ2018年9月号掲載

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