2025
10/14
転換点を迎えた日本の医療
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メンタルヘルス
博士(医学)、大阪医科大学医学部卒業後、公徳会佐藤病院精神科医長、日本医科大学附属千葉北総病院神経科部長、コーネル大学医学部ウェストチェスター部門客員教授を経て、立正大学心理学部名誉教授、現在あいクリニック神田にて臨床を行う。
よしこ先生のメンタルヘルス(78)
経営危機にさらされている医療機関
このところ、日本の医療が変わりつつあると感じている人が多いのではないでしょうか。今年4月のコラムでは、今回の診療報酬改定が国民全体に対して、「その病気は医療にかかるものですか? 自己管理すべきものですか?」と問いかけられたともいうべき改定でしたと報告しました。その診療報酬改定から約1年半が経過し、2026年4月の改定について考えざるを得ません。
昨今は、毎日のように負債額が数億円単位の医療機関の倒産を見聞します。本年7月には、相次いで大学附属病院、国公立病院、自治体病院が医療収入においては95%以上が赤字であるという報道が繰り返しなされました。多くの高次機能病院も、また市中病院や診療所と同様に経営危機にさらされているという報道です。
国民皆保険制度を背景に、保険点数は中央社会保険医療協議会(中医協)が審議し、厚生労働大臣が決定するわけですから、医療機関の赤字や倒産は、いわば国の方針の結果ともいえるものです。このような倒産を図る方針の背景には、わが国の医療の特徴の一つである、現物給付制度(いわゆる出来高方式:行われた医療行為に対して支払いを行う)があります。医療機関の数が多ければ多いほど、国民は医療行為を求めやすくなり、結果として現物給付の額は多くなることになります。つまり、供給側の数を少なくすることは、医療にリーチしにくくなり、出来高が減ることになります。近くにパッと立ち寄れる医療機関がないという経験を、すでに多くの方はされているかもしれません。近くに医療機関があったとしても、立ち寄ってみたら予約制であったり、予約ができるのは何週間も先であったりした経験をしたことがありませんか? 「ああ、そういえばコロナの頃から医療機関への受診にいろいろな制限が付き始めたなぁ」と思い起こす方もいらっしゃるかもしれません。
医療にリーチしにくくなる時代へ
2020年4月3日に始まったコロナの緊急事態宣言以降、われわれが気付く暇もなく医療機関への受診の形態は大きく様変わりしました。37℃以上の発熱をした場合は、発熱外来に一本化して受診するなど、大きな制限が加わりました。すでに進行していた予約外来への流れが一気に強まり、フリーアクセスで受診できることが当たり前であった一般科のかかりつけ診療所も、予約制を取るようになりました。もともと予約制が比較的多かったメンタルヘルス領域や歯科以外の身体科の診療所も次々と予約制となっていきました。おなかが痛くても頭が痛くても、けがをしても、すぐに近所の診療所で診てもらうことがかなわない時代になりつつあります。日本の現役世代が3,000万人減少するといわれる2070年(令和5年の国立社会保障・人口問題研究所の推計による)の前には、医療受診頻度が高い高齢者の一時的激増があるにもかかわらず、医療機関は人口減をにらむ政策の中で、ひたひたと減少していきます。間違いなく、かつてわが国がモデルとした英国の35年前の国民皆保険制度に近づいていき、次第次第に医療にリーチしにくくなっていることに気が付かざるを得ません。
振り返ってみれば、私自身の子どもの頃の日本の田舎では、けがをしたら置き薬の箱からそれらしい薬を出して、祖母や母が手当をし、風邪をひいたら煎じ薬を調合していました。35年前のアメリカ留学中に、病院の全てが予約制で、庭でけがした時にはCVSファーマシー(アメリカの大手ドラッグストアチェーン)の窓口で相談して対処し、「ああ、小さい頃の日本みたいだな」と感じたことを思い出します。
今一つの受診抑制策である、OTC類似薬(市販薬類似薬品)の保険除外は、2026年から実施を目指して現在、政府で検討が進められている政策です。風邪薬や湿布薬など、市販薬と似た成分・効果を持つ処方薬が保険診療外となるという新しい施策です。つまり、風邪やけがなど治癒する疾患に関しては、医療機関への受診抑制を図る施策です。
私たちは再び「その病気は医療にかかるものですか? 自己管理するものですか?」と問いかけられています。WHOが2000年以降何回も世界一と評価してきた日本の医療は、曲がり角に来ているといえます。
高額医療費の抑制を図った石破政権は破綻しましたが、後世の人たちは何を是とするのでしょうか?