2025
10/03
病院で働く助産師の仕事って?
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助産師のお仕事
東京家政大学健康科学部看護学科准教授
助産師のお仕事(4)
助産師のお仕事(2)(3)で、助産師の働く場所はさまざまにあることをお伝えしました。今回は病院で働く助産師についてご紹介します。
日本人の出産は、昭和30年代まで自宅分娩が中心でしたが、高度経済成長を契機に病院へと移り変わりました。 その理由を大ざっぱに表現してしまえば「産業化」が大きく影響していたといえます。「産業化」は人々の暮らしに多くの変化をもたらしました。産業の発展により、核家族や単身世帯が増え、働き方や生活習慣に影響を与え、自宅出産を支えていた地域での人々のつながりが薄らぎ、急なお産で人の手を借りることも難しくなりました。
高度経済成長期には最新の医療機器を備えた大学病院や規模の大きな総合病院が次々にできて、街中にも産婦人科診療所など出産を受け入れる医療施設が増えていきます。胎児の心拍数をモニタリングする装置や、保育器など産科病棟に必要な機器の開発が進んだのもこのころです。社会の急速な変化の中で、安全で快適な出産を望む多くの女性と家族が病院での出産を選択するようになり、開業中心だった助産師の働く場所も病院へと推移しました。今では、一般的になった病院での助産師の仕事は移行期となった高度経済成長期には多くの苦労があったようです。その理由は病院で働く助産師の仕事について知っていただくと納得していただけるのではないかと思います。
病院で働く助産師の仕事って?
助産師は法律で助産又は妊婦、褥婦もしくは新生児の保健指導を行うことを業とするとされているため、出産までのプロセスを見て必要なケアを実践する能力が必要です。出産を介助するといっても、まずは陣痛がいつから始まったのか、痛みの間隔や程度、破水の有無、内診をしたり、胎児の心拍数を聴取したりすることなどから正常な経過をたどっているかを判断して、出産する時刻や生まれてくる児の状態を予測し、分娩室を準備して、産婦に出産する体勢やいきみ方を伝えながら胎児の娩出を助けます。無事に赤ちゃんが生まれた後には、胎盤を娩出して母体の健康状態を確認します。出産後2時間は、出血が多くなりやすい時間帯です。助産師はその時期が過ぎるまでは気が抜けません。出産産後の母親の身体を拭き着替えの手伝いを行い、生まれた赤ちゃんには、うまく呼吸ができるように顔や全身を温かいタオルで拭き健康状態を確認して産着を着せ、母親や家族との面会の準備を行います。無事に生まれた児を母親の胸の上に抱かせる……その時に垣間見る母親や家族の笑顔は、助産師がほっとする瞬間……少しだけ緊張感から解放される仕事です。
出産は赤ちゃんを産んだら終わりではありません。産後早期から日常生活を再開して、授乳や育児ができるように支援したり、沐浴の練習、退院後の生活や育児法についての情報提供、1カ月健診や地域の子育て支援についても説明します。無事に出産するためには助産師のいくつもの仕事の積み重ねが必要です。助産師の仕事は分娩に係ることだけではなく、妊婦健診や妊娠中の保健指導など主に外来で行う仕事もたくさんあります。病院で働く助産師の仕事は、主に妊娠期からの産後1カ月までの周産期と呼ばれる時期の仕事がメインになりますが、最近では産後ケアを行っている産科病棟も増えており、病院で働く助産師の仕事はますます増えています。
出産に処置や手術が必要になった場合にはどうなるの?
出産が正常な経過から逸脱する場合には、助産師の仕事を医師にバトンタッチする必要があります。自宅出産の場合には、助産師が地域の医師に往診を依頼し、病院へ搬送するなどして鉗子や吸引分娩、帝王切開術など必要な医療処置をしてもらいますが、病院で勤務する助産師には、その受け入れをする立場として、引き続き医師が行う診療の補助に就くという業務が生じます。
診療の補助といっても、医師の指示に従い機器や薬剤を準備するだけではなく、それらの操作方法や効果を熟知し、児が生まれたのケアができる能力が必要です。医療ドラマでよく見る緊迫した手術のシーンなどでは、助産師や看護師の仕事があまりクローズアップされませんが、無事に出産を終えるためには医師と助産師・看護師が共にコミュニケーションを取り合いチームワーク良く協働することが欠かせません。病院の産科病棟では医師・助産師・看護師などが、少しでも円滑に対処できるように、緊急時に備えたシミュレーションを定期的に実施しています。
また、病院ではさまざまなリスクを抱えた妊産婦さんの出産も取り扱います。逆子(骨盤位)や双子、切迫早産、妊娠経過とともに血圧が高くなる妊娠性高血圧の方、糖尿病や心疾患など慢性疾患のある方などその対象はさまざまです。規模の大きな病院では、予定日より早く生まれた小さい赤ちゃん(低出生体重児)をケアするNICUが産科病棟の一部として組み込まれていることがあるため、NICUでの勤務も助産師の仕事となっています。
NICUの誕生は高度経済成長期と重なります。この時期には保育器や新生児用の医療機器の開発が進み、予定日より早く生まれた小さい赤ちゃんでも自宅で育児ができるようになるまで育てることができるようになりました。自分の力だけでは呼吸が上手くできない新生児用に呼吸器や、細い針や微量でも滴下できる点滴用注入器の開発により多くの児の救命ができるようになったのです。
このような変化に伴い、病院で働く助産師には未熟児や低出生体重児をケアする知識と技術が必要になりました。NICUに入院した赤ちゃんは、出産した母親と離れて入院生活を送ることがあります。その場合でも、授乳や育児ができるように支援することも助産師の仕事の一つになったのです。
病院で働く助産師の仕事は実に多岐にわたります。これらの仕事は一人の助産師で行うことは難しいので当然、分業制となっています。NICUなどでは助産師だけではなく、看護師と共に働いていますが、授乳や育児などの保健指導は助産師が専門性を生かして関わる仕事として定着しています。出産する母親とその家族にとってより良いケアを提供するためには、共に働く看護師や医師との情報共有は欠かせません。患者中心のキュア、ケアを目指す現在の医療現場において協働は、それを実現するための重要なキーワードになっています。
出産の場所の変化と助産師
今では一般的になっている病院での出産風景ですが、昭和30年代まで自宅分娩を中心に働いてきた助産師にとって、病院で助産師として働くことは多くの困難があったことかと思います。高度経済成長期における病院出産の増加により、一部地域では助産所を廃業して病院勤務に転じた助産師さんの中には、出産の際だけ呼び出される助産師(オンコール制)で働く方も多くいたようです。お産が多い時代に産科病棟で共に勤務する看護師や医師との働き方の違いに戸惑い、助産師としての働き方を求めて地域の新生児訪問や母乳育児を専門に開業することを選択した方もいました。
良いケアや助産を提供したい開業助産所で働く助産師も、病院で働く助産師も、「女性と共に在る」という思いは変わりません。場所や時代によって助産師の仕事は変化していますが、さまざまな変遷を経て今でも受け継がれています。