僻地・医療医療(9)宮城県・石巻市夜間急患センター

人口60人余りの「猫の島」における地域医療

過疎化、高齢化が進む田代島で週2日間の診療
島民との交流を軸に医療を支える

 

宮城県石巻市、石巻港の沖合約15kmに位置する田代島。近年は「猫の島」として国内外から多くの観光客が訪れるが、一方で、人口わずか65人の過疎の島でもある。島の唯一の医療機関である田代診療所に常駐医師はおらず、石巻市内の医療施設「石巻市夜間急患センター」で所長を務める佐藤仁人氏が、週2日、田代診療所で診察を行っている。若いころから離島医療に関心があったという佐藤氏に、離島医療の特徴と、田代島の現状について伺った。

 

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石巻市夜間急患センター・所長

佐藤 仁人氏

 

減る住民、増える観光客細る地域産業が島の実態

―最初に、田代診療所の診察体制について教えてください。

佐藤 現在、医師は私1人、看護師が1人の計2人で診療をしています。ちなみに看護師をしているのは私の妻です。毎週2日、火曜日の午後1時30分〜午後5時、及び翌水曜日の午前8時30分〜午後2時まで診療を行います。

 

―先生は常駐ではないのですね。

佐藤 私は普段、石巻市内にある石巻赤十字病院の敷地内に設けられた石巻市夜間急患センターの所長をしています。同センターは、石巻赤十字病院の救命救急センターと連携しながら、初期救急医療に特化した外来診療活動を行っています。

 

田代診療所を任されるようになったのは8年ほど前から。現在は毎週1回、船で田代島へ渡り、島で1泊して戻ってきます。

 

―田代診療所はいつごろ開設されたのでしょうか。

佐藤 1951年に、離島である田代島内の田代浜地区に住む人々の健康維持・疾病治療のための一次医療提供を目的として開設されました。当時は約千人の島民がいたそうです。

 

しかしその後、島は人口の流出が続き、現在は人口わずか65人、48世帯となってしまいました。高齢化が進み、産業も水産業くらいしかありません。島内には学校もなく、商店や郵便局もないのですから、人口流出と高齢化に歯止めが効きません。今では人間よりも猫の数の方が多いくらいですよ(笑)。

 

―田代島といえば「猫の島」として有名ですね。

佐藤 もともと江戸時代後期、この地で定置網漁が活発になったころ、漁師の作業小屋に餌を求めて猫が集まるようになり、そうした猫のしぐさなどから漁師たちはその日の天候や漁の成果を予測する風習が生まれたのだそうです。漁師たちにとって猫は縁起のいい動物だったようで、とても大切にされた。その名残で、今も島内の猫はとても大切に扱われています。

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「猫の島」として有名な田代島では至る所で猫に出会える

 

―猫を目当てに訪れる観光客が多いのではないですか。

佐藤 メディアなどで紹介されたからでしょう。東日本大震災以降、ここ数年で急に増えました。アジアやヨーロッパなど海外からわざわざ訪れる外国人観光客も目立っています。たまに「猫に引っかかれたから塗り薬が欲しい」と、診療所にやって来る外国人もいますよ。

 

―東日本大震災での、田代島の被害状況は?

佐藤 島内でも震度6弱の揺れを観測し、津波による被害もありました。沿岸部では数件の家屋が全壊または半壊。基幹産業である水産業の関連施設も被害を受けています。特に島北東部の大泊漁港と東南部の仁斗田漁港の2カ所の漁港は、防潮堤が深刻な被害を受け、現在も修復作業が続いています。

 

とはいえ、石巻の本土と比べれば、まだ被害は少ない方だったといえるでしょう。地震による死者は島内では1人だけ。診療所は床下浸水しましたが、大きな損壊は免れました。震災後1カ月ほどは、自衛隊から派遣された医師が診療所を使用して、私の代わりに診療していただきました。島と本土をつなぐ航路も1週間くらいで再開されたと記憶しています。

 

学生時代から離島医療を志し、8年前から田代診療所に勤務

―先生が医師を志した理由は。

佐藤 特に大きなきっかけがあったわけではなく、家族に医療従事者もいなかったのですが、子供のころから医師に興味がありました。当初は薬学部に入学したのですが、「もう一度勉強し直して、医学部を再受験しよう」という友人がいて彼と共に受験勉強を始めました。薬学部の卒業論文と受験勉強の両立で時間的にかなりきつかったですが、非常に充実した日々だったような気がします。

 

―学生時代から離島医療には興味があったのですか。

佐藤 ありましたね。最初にお話したとおり、私は現在、石巻市夜間急患センターの所長をしています。15年ほど前に前任の所長が辞められた時、大学の関連でなぜか私に白羽の矢が立った。正直、当初は私でいいのかと思ったのですが、センターの隣接していた石巻市立病院の院長先生から強いオファーがあってお受けすることになり、その際に条件として「いずれは離島医療もやらせてほしい」とお願いしていたのです。

 

―なぜそこまで離島医療にこだわったのですか。

佐藤 もともと専門医療や先端医療にあまり興味がなく、むしろ人間というものを総合的に診ることに関心がありました。そういう医療が行えるのは、都市部の大きな病院ではなく、離島などの僻地の診療所だろう、と。もちろん、いろいろ大変なことも多いと思いますが、それを苦痛と感じるか、面白いと感じるか。自分は明らかに後者です。好きだから続けられるわけです。逆に移植や再生医療などに興味がある人は、離島医療は苦痛でしかないかもしれませんね。

 

―8年前から田代診療所を任されるようになった経緯は。

佐藤 前任の先生が高齢で、体調を崩して辞められたので、私が石巻市夜間急患センターと兼任することになりました。

 

―田代島には他にも医療施設があるのですか。

佐藤 島内は田代診療所1カ所だけです。島民が60人ほどしかいませんからね。私が訪れる週2日の診療日には、合計で30人くらいが受診しますが、診療所は、いわば島民同士の交流の場となっています。

 

―患者さんの主な症例は。

佐藤 ほとんどが高齢者なので、慢性疾患と整形外科ということになります。自分の専門ではありませんが、離島医療ではそんなの関係ありませんからね(笑)。

 

とはいえ、8年前に私が来て以降、大きな怪我や病気はありません。私が看取った島民も、8年間で1人だけです。島内には警察官もいませんが、治安も良く、交通事故などもありません。

 

近年増えている観光客に関しても、病気らしい病気はほとんどなく、たまに船酔いで診察に来る人がいる程度です。ただ、3年ほど前に観光客の1人が心筋梗塞で亡くなったことがありました。たまたま私が診療所にいない間の出来事だったので、田代島の隣にある網地島の医師が対応してくれたそうです。

 

―救急患者への対応は。

佐藤 多くの場合は船で本土に搬送します。まれに悪天候ですぐに運べないこともありますが、そのせいで患者さんが命を落としたことは私が来てからは今までありません。島内にヘリポートがありますが、まだ要請したことはありません。隣の網地島は人口が多いこともあって何度か要請をしたことがあると聞いています。”離島だから困った‶という経験は、幸いほとんどありませんよ。

 

―船の欠航は多いのですか。

佐藤 前任の先生の時代には1週間欠航したことがあったそうですが、私の赴任中で、一番長い欠航は3日間でした。

 

田代島と石巻を結ぶ航路は1日に何便かあるので、悪天候で欠航が予想される場合は、いつもより早い便で島に渡ったり、帰ってくる便を早めたりすることもあります。島の人々も、その辺の事情は分かってくれていますよ。ただ、欠航によって薬剤などが不足しないように、注意はしています。

 

離島に向く医師、向かない医師
初期研修で見極めが必要

―お話を聞いていると、のんびりとした島暮らしをイメージします。

佐藤 島の人々とはみんな家族同然のお付き合い。いろんな情報が入ってきますし、非常にオープンな人間関係です。もっとも、そうした島民との交流が苦手な医師には務まらないでしょうね。私が来る以前に診療所をまかされていた先生の中には、そうした交流が苦手で辞めていった方もいらっしゃったそうです。

 

普通の病院の外来の感覚でやっていたら、務まらないかもしれません(笑)。

―一方で、島民の高齢化が加速していますね。

佐藤 昔から島に住んでいる住民は、一番若い世代で今60歳くらい。その下の世代はみんな島を離れています。典型的な限界集落といえるでしょう。学校もコンビニもありませんし、携帯電話もつながりにくく、若者には非常に住みにくい環境です。外部から島に移り住んできた人も少数ながらいますが、彼らが島に永住するとは限らない。そもそも漁業以外に働き口がないのですからね。

―観光業は盛んではないのですか。

佐藤 観光客は増えていますが、宿泊施設にも限りがあり、大勢を受け入れることはできません。今度、新しい観光施設が島内にできるので、そのぶん観光業は活性化するでしょうが、それによって住民が増えるようなことは考えにくいと思います。

 

―先生はこの先もずっと田代診療所に来られるのですか?

佐藤 島の人に対しては「最後の1人まで診る」と言ってあります。医師としての需要がなくなるまでは、通い続けるつもりです。日帰りで診療を行う方法もありますが、1泊でも島にいるということが島民の安心につながるので島民が減少してもできるだけ今のパターンで診療を続けたいと思っています。

―では最後に、若いころの先生と同様、離島医療を目指す若い医師に向けてメッセージをお願いします。

佐藤 全ての医師が離島医療に向いているわけではありません。先端医療や専門医療を志す人は、離島に来ても得るものは少ないかもしれません。逆に、いろんなことをやってみたい人には向いていると思います。

 

私が若いころは、「地域医療」を大学で学ぶ機会も少なかった。そんな中で、初期研修医時代に、今でいうジェネラリストを育成する研修を受けることができましたのは大きかったと思います。

 

現在は、大学でも地域医療をしっかりと教えるようになっていますが、さらに地域医療実習の場が増えれば、離島医療のことをきちんと理解して、そこを目指す医師も増えてくるかもしれませんね。

僻地医療_田代診療所正面DSC06113

●名   称/石巻市田代診療所
●所 在 地/〒891-3701 宮城県石巻市田代浜字仁斗田126
●開設年月日/1951年
●職 員 数/2人

(隔月刊ドクターズプラザ2017年9月号掲載)

2017.9月号
リスト
  • 1. 巻頭インタビュー
  • 2. ドクターヘリ
  • 3. よしこ先生のメンタルヘルス
  • 4. 海外で活躍する医師たち
  • 5. 健康インタビュー
  • 6. 健康サポーターえむぞぅくん
  • 7. 医療系学生インタビュー
  • 8. 地域医療・北海道
  • 9. 小黒先生の薬の話 Q&A
  • 10. 微生物・感染症講座
  • 11. 川柳漫語
  • 12. 女子大生が考えた一品料理レシピ
  • 13. 魅地探索
  • 14. 僻地・離島医療
  • 15. 読者プレゼント
  • 16.医療法
  • 17.病理診断科の紹介
  • 18.野菜考
  • 19.一期一会・この人に聞きたい!
リスト
  • 1. 西松 能子
  • 2. 横山 和之
  • 3. 天願 勇
  • 4. 小黒 佳代子
  • 5. 内藤 博敬
  • 6. 江畑 哲男
  • 7. 東京家政大学ヒューマンライフ支援センター
  • 8.竹内 千佳
  • 9.末松 直美